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提橋和男の新☆管理人のつぶやき 1129_2
挑戦、男たちの詩 87-2
田沢“松坂愛”でレッドソックス入り (スポーツ報知)
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日本石油ENEOSの田沢純一投手
=2008年9月9日 |
ボストン(米マサチューセッツ州)4日】新日本石油ENEOSの田沢純一投手(22)のレッドソックス入りが正式に決まった。日本のアマから渡米した選手では史上初のメジャー契約で、契約金を含め総額330万ドル(約3億円)の3年契約を結んだ。記者会見では、充実した育成システムと、今季18勝をマークした松坂大輔投手(28)の存在がR軍入りの決め手と強調。最速156キロ右腕のメジャー挑戦が本格的にスタートする。
カメラのフラッシュの嵐に、何度もまばたきを繰り返した。あこがれのユニホームを手にしても、田沢の表情は緊張でこわばっていた。「笑顔を見せて」カメラマンの声に、ようやく口元が緩んだ。
社会人野球のエースが夢の扉を開けた。R軍のエプスタインGMは「ようこそレッドソックスへ。おめでとう」と握手。R軍以外にもマリナーズ、レンジャーズ、ブレーブスが条件提示した中、東海岸の名門を選んだ。日本円で3年総額3億円を用意。米国のドラフト上位指名選手でも稀(まれ)なメジャー契約を結んだことに、期待の大きさがうかがえる。
「最初は(日本の)プロに行こうと思ったんですが、だんだんアメリカで挑戦したい気持ちになった」都市対抗野球終了後の9月上旬、父・一恭さん(64)に希望を伝えた。「無理なんじゃないか?」という父の言葉にも、信念を曲げることはなかった。この日、会見場には両親と弟・亮二さん(21)の姿があった。「メジャーを目指すような性格ではなかったんですが、親の知らないところで成長してたんですね」母・礼子さん(46)は目を細めた。
R軍入りはシーズンを終えて帰国した松坂と、知人の紹介で対面したことで固まった。「雲の上の存在」と尊敬する18番から「文化など適応が難しい部分もある。早く慣れればいい」とアドバイスを受けた。「最高の人なので、少しでも見て、学びたいと思った」偉大な先輩の背中を追うことを決意した。
エプスタインGMは田沢を来春のメジャーキャンプに参加させた後、まずは傘下の2Aポートランドで先発起用し、メジャーへの階段を上らせる方針だ。「スカウト期間中も成長を見せていたし、肩も強く、制球力、マウンド度胸もある。育成段階に長くはいないはず」と早期の昇格に期待を寄せた。「不安はすごくある。でも、楽しみです」日本のアマチュア球界からのメジャー契約第1号。周囲の期待、注目は大きいが、フェンウェイ・パークのマウンドに立つ日を夢見て、田沢の挑戦が幕を開ける。
◆先輩松坂、激励「何でも聞いて」 ○…松坂が田沢にエールを送った。「早く一緒に上(メジャー)でやりたいですね。分からないことは何でも聞いてほしい」と激励。11月20日に帰国した松坂は16日間の滞在で番組収録、出演イベントの打ち合わせなどを済ませ、5日の午前中、家族の待つ米国に戻った。
◆報道陣50人特設会見場 ○…田沢の入団会見は特設会見場で行われた。フェンウェイ・パークには常設の記者会見室があるが、球団広報が「(報道陣が)収容しきれない」ことを考慮。左翼方向の1階に位置し、往年のR軍選手の写真、記念品が飾られた多目的ラウンジを使用した。35席のイスが用意されたが、テレビカメラ9台、日米合わせて50人以上の報道陣が集まる“盛況”だった。
◆田沢 純一(たざわ・じゅんいち)1986年6月6日、神奈川・横浜市出身。22歳。小学3年から野球を始め、横浜商大高では2年夏の甲子園に出場。高校卒業後、新日本石油ENEOSに入社。球速が150キロを超える本格派右腕として頭角を現し、07年ワールドカップ(W杯)に日本代表で出場して3位。今年の都市対抗大会では4勝を挙げて優勝に貢献し、最優秀選手にあたる「橋戸賞」に選出された。180センチ、80キロ。右投右打。
[ 2008年12月6日8時00分 ]
松坂が田沢にエール「実力で黙らせろ」 (日刊スポーツ)
松坂大輔投手(28)は先月20日にテレビ番組収録などで帰国していたが、5日、所用で再渡米した。田沢の正式契約を知った松坂は「スタートは2Aと聞いていますが、早く一緒にメジャーでプレーしたい」と歓迎した。
田沢のレ軍入団が基本合意した直後の11月下旬に2人は都内で初対面し会食した。松坂は「おとなしい青年でしたが、まじめそうに見えた」と印象を口にしたが、まず最初にアドバイスしたのは「自分のペースを乱さないこと」だった。
松坂は「マイペースが最も難しい。マイナー選手はとてもハングリー。最初からメジャー契約で嫉妬(しっと)もある。僕もそういう目で見られたが、大事なのは自分のペースを乱さずに実力で黙らせること」と話した。
チームの輪に飛び込む必要性も力説した。「特にラテン系の選手はフレンドリー。英語が話せなくても恥ずかしいことはない。積極的に話して友達を増やしてほしい」。2Aポートランドはボストンから北へ約160キロの距離。「僕と話すことでストレスが減ればいい。少しずつ連絡もとりたい」と入団後も電話などで支える意向を示した。
[ 2008年12月6日9時43分 ]
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