提橋和男の新管理人のつぶやき

(2008/10/17)


提橋和男の新☆管理人のつぶやき 1118

がんと闘う(31)
      峰岸徹さん・緒形拳さん



峰岸徹さん:肺がんで死去 7カ月に及んだ闘病生活

11日、肺がんのため都内の病院で死去した峰岸徹さん=スポニチ
11日、肺がんのため都内の
病院で死去した峰岸徹さん
=スポニチ

重なバイプレーヤーとして活躍した俳優の峰岸徹(みねぎし・とおる、本名知夫=ともお)さんが11日午後11時32分、肺がんのため都内の病院で死去した。65歳だった。東京都出身。4月にがんの告知を受けた後も復帰を信じて闘病を続け、公開中の出演映画「おくりびと」のヒットを喜んでいたという。故人の遺志で密葬を行い、後日「お別れの会」が開かれる予定。

シリアスものからコミカルな役まで芸域の広い俳優として知られた峰岸さんが帰らぬ人となった。7カ月に及んだ闘病生活は一進一退を繰り返したが、11日夜に容体が急変。家族らにみとられて息を引き取った。

トライアスロンを趣味とした峰岸さんは宮古島で開催される大会に8年前から出場。今年も4月の大会に参加を予定し、2月から自転車の練習を本格化させた。しかし腰痛がひどく4月に検査入院。肺に末期のがんが見つかり腰骨にも転移。それが腰痛の原因だった。

このため、6月に出演を予定していた舞台「あした〜愛の名言集」を降板して治療に専念。まず腰の手術を受けた後、5月から抗がん剤投与と放射線治療を受けてきた。効果が表れ、体力も回復したことから、テレビ東京の旅番組「絶景!大自然の露天湯めぐり旅」(8月9日放送)に出演するなど体調を見ながら仕事を続けてきた。

公開中の映画「おくりびと」には主演の本木雅弘(42)の父親役でスクリーンに登場。くしくも死んでいく設定だった。関係者によると、峰岸さんは同作品が米アカデミー賞外国語映画賞の日本代表にノミネートされたことを喜び「まだクリアしなければいけない壁があるが、来年の授賞式には出たい」と病床でひそかに英語のスピーチを練習していたという。

11月1日に公開される大林宣彦監督(70)の新作「その日のまえに」が遺作となった。77年の「瞳の中の訪問者」に出演して以来、大林作品の常連。今回も体調不良を理由に断ったが、監督たっての希望でワンシーンだけ出演。撮影は8月に自宅で行われたという。このほか、ジャッキー・チェン(54)主演の映画「新宿事件」やビデオ映画「東京マフィア」が撮影済み。どの作品もヒットすることを願っていたという。(スポニチ)

2008年10月13日





◇清志郎、がん転移でも「すぐに帰ってくる」

さて、今週はショッキングなニュースも芸能界を駆けめぐった。喉頭(こうとう)がんから復帰したロックシンガーの忌野(いまわの)清志郎(57)が腰の左腸骨(ちょうこつ)にがんが転移したことを14日に公表。大トリで出演を予定していたフジロックフェスティバル(27日・新潟)などすべてのライブをキャンセルして、治療に専念する。

06年7月にがんを宣告されてからちょうど2年のタイミング。化学療法が効果を表し、今年2月には東京・日本武道館で「完全復活祭」と題したライブを開催したばかり。関係者によると、今月に入って足の痛みを訴え、8日の診断で左腸骨への転移が見つかった。本人は直筆の文書で「妙に前向きになるのはなぜだろう。心配はしないでくれ。このくらいのことは覚悟してた」「ヘコんでない」「すぐに帰ってくる」と不屈の闘志を示し、復活を誓っている。

俳優の峰岸徹(65)も肺がんと闘病中であることが判明。00年から出場している沖縄県宮古島のトライアスロン大会(4月)に参加を予定し、自転車の練習を本格化させた2月に持病の腰痛が悪化。3月に検査を受けた際に肺にがんが見つかった。4月にまず腰の手術を受け、5月から放射線治療などを受けてきた。6月の舞台は降板したが、効果は上々。17日から収録が始まったテレビ東京の旅番組で仕事復帰も果たした。峰岸も「同じ病気で苦しむ人の励みになるように頑張る」と闘病に前向きだ。<スポーツニッポン編集委員・佐藤雅昭>

毎日新聞 2008年7月19日 東京夕刊





緒形拳さん死去・・・息子・幹太、直人が会見
2008.10.7 17:10


会見する緒形幹太(右)・直人(左)の兄弟 =東京・新宿区・獅子吼会(撮影・今井正人)
会見する緒形幹太(右)・直人(左)の兄弟
  =東京・新宿区・獅子吼会(撮影・今井正人)
俳優、緒形拳さんが死去していたことがわかった7日、長男の幹太と二男の直人が東京都新宿区内で記者会見した。一問一答は次の通り。
(2人は黒いス−ツ姿で記者会見場にあらわれ、報道陣約50人を前に、立ったままで質疑応答に応じた。直人さんは表情を隠すようにサングラスをかけていた)

幹太 8年前から肝臓を患っていた。3月から倉本さんの「風のガ−デン」のロケに入ってまして、9月30日にクランクアップし、10月4日に・・・
(涙ぐんで、声がうわずる)

幹太 肝ガンによる肝臓破裂の出血で、10月5日夜に亡くなった。

−−体調は悪かったのか。
幹太 手術をすることはないが、体調が悪くなると病院に行って、点滴などを受けていた。

−−その時はどんな様子だったか。
直人 仕事に前向きで意欲的で。病気に打ち勝ちたいという強い気持ちがあったのですが。肝臓を患っていたことは「絶対に言うな」と。(病気は)家族だけしか知らなかった。

緒形拳さん死去
緒形拳さん死去
−−病気の発覚は。
幹太 はっきりとは分からないが、肝炎が分かったのは、体調がすぐれなかったから。
直人 ガンに移行したのが5年前ぐらい。強い気持ちがあったので、おれは絶対、大丈夫だと(言っていた)。家に帰ってくると「疲れた」というが、とにかく仕事人間で。仕事をしているときはうれしそうな表情をしていました。4日の夕方、ちょっとおかしいと病院に行って・・・。

−−どのような治療を受けていたのか。
幹太 ずっと仕事をしてきたので、入院するほどではなかった。
(2人でお互い顔を見合せる)
幹太 治療というのは分からないね。検査はしていたが、治療をしなくても治るんだと。懸命に戦っていた。

−−やせてきていましたよね。
直人 気が気じゃなかった。素晴らしい仕事をしていたので、急死ということでいろんな方に迷惑をかけ、おわびしたいが、僕らも急で・・・。ファンの皆さんにこんな報告をしなくてはならなくて・・・。俳優仲間の皆さまは突然のことだったのでびっくりしたと思うが、本人の希望で家族で密葬をすませた。後日、偲ぶ会をやる予定です。

−−最近はどんな会話をしたか。
直人 お互い絵が好きで。一緒に美術館に行こう、そんな話をした。

−−いつごろの話しか。
直人 9月に入ってからですね。30日の会見(「風のガ−デン」の合同記者会見のこと)は気合を入れなければいけないと、終わってからゆっくり行こうと(話していた)。

−−どんな存在だったか。
直人 あまりにもでかい存在。
幹太 一家の大黒柱でした。外にいれば俳優、家にいれば家族を大切にしていた。
直人 どちらも(俳優としても父としても)、尊敬しています。
(関係者が「このへんで」と会見を打ち切る。2人は足早に会場を去った)





緒形拳さんの遺作ドラマが高視聴率
10月11日9時42分配信 デイリースポーツ

遺作となった「風のガーデン」のロケ。
遺作となった「風のガーデン」のロケ。

5日に肝臓がんのために亡くなった俳優・緒形拳さん(享年71)の遺作となったフジテレビ・関西系の連続ドラマ「風のガーデン」(木曜、後10・00)の9日に放送した第1話が20・1%(瞬間最高22・0%)の高視聴率を獲得したことが10日、分かった。同ドラマは倉本聰氏(73)脚本で、北海道・富良野を舞台にした家族の物語。緒形さんは主演の中井貴一(47)の父親を演じている。(ビデオリサーチ調べ、関東地区)

◇  ◇
希代の名優の生前最後の作品が注目を集めた。20・1%、関西地区でも18・1%の平均視聴率を記録。初回は15分拡大版で放送され、瞬間最高は午後23時00分の22・0%。緒形さんの急逝を惜しむファンの思いが、そのまま数字となって表れた。
緒形さんの死が明らかになったのは7日。第1回放送のわずか2日前だった。同時に長男で俳優の緒形幹太(41)、次男の緒形直人(41)、そして親友の津川雅彦(68)らの口から、病気を口外せず、最期まで役者道を貫いた緒形さんの姿が明かされ、ファンの心を強く打った。
同局ドラマ制作センターの若松央樹プロデューサーは「緒形拳さんの遺作となったこの作品がこれだけ多くの方にご覧いただけてうれしいですし、また倉本聰さんの世界観が支持されたことも誇りに思います。視聴率もさることながら、評判も非常によく、手応えを感じています」とコメントした。
中井演じる東京の有名医大病院の麻酔科医が末期がんに侵され、絶縁していた家族の元へ戻っていく物語を通して、生と死を描いた人間ドラマ。緒形さんは中井の父親役で富良野の訪問医を演じている。
番組冒頭「この作品を故緒形拳さんに捧げます」とのテロップが挿入され、緒形さんは3つのシーンで登場。撮影は9月28日に終了しており、最終話まで緒形さんの最後の芝居を見ることができる。

最終更新:10月11日9時42分

深よみエンタ:緒形拳さん“役者道”を貫いた人生=佐藤雅昭
◇「名優らしい見事な最期」
緒形拳さんが5日、71歳で亡くなった。骨太かつ冒険心にあふれた役者だった。映画のラスト作が「ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌」の妖怪総大将「ぬらりひょん」というのも、緒形さんらしい。とにかく映画であれ、舞台であれ、一度でも仕事を一緒にした人を引きつけてやまない不思議な魅力を持った名優だった。

5年前から始まった肝がんとの闘いは家族しか知らなかった。確かにそんな気配をみじんも感じさせず、仕事を精力的にこなしてきた。遺作となったフジテレビの連続ドラマ「風のガーデン」(9日スタート)の撮影も無事に乗り越え、9月30日の会見にも出席して作品をアピール。責務を全うしての見事な人生の幕引きで、共演者のほとんどが報道で緒形さんの死を知ったという。

突然の悲報に接して数多くの俳優、タレントがしのんだ。付き合いの深さ浅さが如実に出てしまうのが追悼コメントだが、一見(いちげん)さんも一言お礼を述べなければ気がすまなかったのだろう。そのくらいの存在感だった。

「復讐するは我にあり」(79年)で父親を演じた三国連太郎(85)はショックのあまり沈黙を守ったが、それが逆に悲しみの大きさを物語った。83年の映画「楢山節考」(今村昌平監督)で共演した坂本スミ子(71)は熊本在住ということもあって電話でも丁寧に取材陣に対応。母子役の設定だったが、「息子が先に逝っちゃいけないわ。共演は私の宝物。DVDであの名演技を見てあげて」と“母親”らしいコメントを出した。

臨終に立ち会った津川雅彦(68)は会見して親友の俳優人生をいたわった。「7人の孫がぎりぎり(臨終に)間に合った。みんなに気を使って静かに死んでいった。名優らしい見事な最期だった」と目を潤ませ、「シャイな男だったので、3年前に合コンに誘ったことがある。一度は『うん』と言ったが、前の日に『悩んだけどやっぱりオレは無理』と……」と秘話も明かして人柄をしのばせた。

マキノ雅彦の名前で撮った初メガホン作「寝ずの番」のタイトル文字を書いたのが、書家としても知られた緒形さん。ぬくもりのある個性的な文字についつい引き込まれてしまうから面白い。

緒形さんに書を始めたきっかけを尋ねたことがある。「父親の影響かな?」とにやっと笑った。「自分だけ酒を飲んで、平家物語の“諸行無常の響きあり〜”なんてやる、ふまじめな父親でしたがね。巻紙によく書いていましたね。どこぞの女人にしたためていたのではないかな」と続けた。

「芝居でも書でも人の心を揺さぶることができたなら、それが一番。ド〜ンと迫ってくるもの、それが芸というものの根源だよね」

そう言ってうなずいた人なつこい笑顔が忘れられない。

坂本スミ子の言葉ではないが、数々の名演技はDVDで、そして書の数々は本や個展で再び触れることができる。どちらも生命力にあふれた「緒形拳」の分身。そして同じ俳優の道を歩む長男・幹太(41)、年子の次男・直人(41)の2人の息子のさらなる成長こそ、偉大なる父の切なる願いかもしれない。

<スポーツニッポン編集委員・佐藤雅昭>
毎日新聞 2008年10月11日 東京夕刊

緒形拳さん死去】最期を看取った親友、津川雅彦さんがブログで追悼
10/07 10:38更新

津川雅彦
津川雅彦

緒形拳さんの知人で俳優の津川雅彦さんは7日、自らのブログで緒形さんが亡くなる直前の入院先での様子や臨終間際に交わした会話などを詳細につづった。

「南無妙法蓮華経!名優緒形拳が10月5日23時53分に亡くなった!」と題するブログによると、緒形さんは4日夜に埼玉県越谷市の獨協医大に入院し、5日朝に手術。術後の経過も良かったが、午後になって容体が急変したという。

津川さんは仕事をキャンセルして同日午後7時ごろに病院に到着。当時の様子について「ベッドの上のガタは嬉(うれ)しそうに手を出してきてくれたので『仕事!全部終わったのかい』と聞いたら『終わったよ!』」などという会話をつづった。

最後に津川さんの手を握りしめながら「『お前身体大事にしろよ!良い映画沢山創(つく)ってくれよな!治ったら、うなぎ喰(く)いに行こうな、白焼きをな』と冗談を交えて、医者に危篤を宣言されている患者とは思えない、明るいせりふを残して、その4時間後には歌舞伎役者のように、虚空をにらみつけながら、静かに、息を引き取った」と臨終の様子を記した。