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提橋和男の新☆管理人のつぶやき 1115
富士に祈る
ペヤング「超大盛やきそば」物語(2)
「何のために生まれて何で殺されたのか・・・」
彩香ちゃん(享年9歳)は無縁仏になっていた!!
週間女性4月1号の特集記事を見て、私はショックを受けました。「彩香ちゃん(享年9歳)は無縁仏になっていた!!」
彩香ちゃんのことは以前「ペヤング「超大盛やきそば」物語」で取り上げました。
タイトルの謂れは彩香ちゃんの最後の食事が、いつもの近所のお店で買った「ペヤング焼きそば」であったであろうと語ったお店の人(ご婦人)の話からとりあげたものである。
「何のために生まれて、何のために殺されて、何のために何のために・・・と考えるともうね、関係ない他人でも悲しいですよ」近所の方の談話が記事の最後に載っているが、私もそう思う。
そして、親類縁者があるのに「無縁仏」の扱いに腹が立った。彩香ちゃんに何の罪があったというのか!
私は縁もゆかりもない人間だが、生涯「彩香ちゃんの霊が成仏出来るよう追善供養していくこと」を彩香ちゃんの霊に誓いました。
彩香ちゃんの霊が成仏し来世は幸せな人生を得ることができますように。(合掌)

週間女性4月1日号
親族から拒否されお墓にいれてもらえない小さな命の悲しさ今・・・。
彩香ちゃん(享年9歳)は無縁仏になっていた!!
<玄関に男物の靴があるときは、家に入っちゃいけない>。母親のいいつけを、小学生の娘はかたくなに守っていた。
「ただいまぁ」。玄関を飛び込んだ瞬間飛び込んでくる、大きな靴・・・。外がどんな大雪であっても、その子は家の中に入らずに、そっとランドセルを置き、音を立てずに玄関の戸を閉めた。
いずれ自分のことを橋の欄干から突き落とし殺すことのなる母親でも、女の子には母親だった。
近隣の住人は、事件そのものを「かかわりたくないんです。犯人が捕まって、もう関係ないじゃないですか。私たちには何の関係もありませんよ」とうつむきながら話すが、一方で玄関の前にぽつんと寂しげに座っていた子供の姿を、今も忘れないという。
「寒いのに外に出されたり、汚い服を着ていたり、公園でみんなが遊んでいて、夕方になるとほかの子に迎えが来ても、彩香ちゃんには来ない。あまりにも切なくて、家に入れてあげたことがあります」。
別の住民は、いつも一人だった彩香ちゃんの姿を、そう涙ながらに振り返る。
秋田県藤里町の住民を震撼させた児童連続殺害事件から、まもなく2年余が過ぎようとしている。畠山彩香ちゃん(当時9歳)と米山豪憲君(当時7歳)の命が、わずかひとつきあまりの間に奪われてしまった。
犯人は、彩香ちゃんの母親で豪憲にとっては「近所に住んでいる彩香ちゃんのお母さん」である畠山鈴香被告。
現在、秋田地方裁判所で公判が開かれ、3月19日には判決がいい渡されるが、1月25日検察側は「まさに鬼畜のなせるわざ」と死刑を求刑した。
生前の彩香ちゃんは、独りぽっちだった。母親には放置され、1997年6月に離婚した父親は、親権をまったく主張しなかったという。
証人として出廷した前夫は、彩香ちゃんとの連絡について、「(離婚後)取っていない。手紙やプレゼントも贈ったことはない。一度会おうとして、近くまで行ったが引き返した」と証言した。
赤ちゃんのころに両親が離婚した彩香ちゃんに、父親の記憶や父親と遊ぶという原体験は何ひとつ残されてなかった。
その埋め合わせを、鈴香被告がするわけではなかったが、彩香ちゃんは鈴香被告を求めた。”男にうつつを抜かす母親と、じっと耐え忍ぶ娘”。その母子関係があまりにも不憫だと気にかけていたのは、近隣の住人だった。
近所の主婦の話。
「おぼこいってわかる?なんかいじらしいというか、かわいそうな感じの子でした。穴のあいた靴下をはいてね、いつもモジモジしていました。(鈴香被告は)”汗かきの彩香が苦手だった”っていったけど、汗をかいちゃうのは緊張しているからですよ。気を遣っているからですよ。お風呂にまともに入れてあげなかったからですよ。ちゃんと毎日洗ってあげれば、汗かきだって汚くなりませんよ」
それでも彩香ちゃんには、鈴香被告しかいなかった。自分に一度も会いに来ない父親には、見捨てられたという感情を抱くしかなかったのかもしれない。頼れるのは、母親だけだと・・・。
第2回公判。近所の住人が、鈴香被告が男と2人で、彩香ちゃんに何も知らせずに外出した際のことをこう証言した。
「車が戻ってきたとき、彩香ちゃんが、”彩香を置いてどこへ行ってたの”と鈴香被告に聞いていました。
近所の商店主は、こんなエピソードを明かす。
「鈴香(被告)によくなついていたし、あの子はいつも”お母さんに”っていう子だったから。私がお菓子をあげても”お母さんにも”って無邪気にいってたよ」
母親を心底慕っていたのだろうか。そう振舞うことが、幼児が自然に身に付けた処世術だったのだろうか。
どちらにせよ、彩香ちゃんは鈴香被告を追いかけていた。鈴香被告は、時折、”やさしい母親”を演じていた。
母親が男と2人でいる部屋に入ってしまうと、母親に「シッ」と追い払われていた。
元交際相手は「鈴香は”彩香がいなければ就職できた”とか”無理して引き取らなければよかった”とかいっていた。何回もですよ」と公判で証言している。
そんなふうに鞭を振るう一方、近所の主婦は鈴香被告の違う側面を、次のように証言する。
「かわいがるときもありました。気まぐれにいい服を着せたり、彼氏と(3人で)車でどっかへ行くとこは見ています。彩香ちゃんはあれ(鈴香被告)を嫌いじゃなかったと思います。それが悔しいです」
判決を前に改めて取材を進める過程で、本誌はこんな情報を耳にした。
彩香ちゃんが無縁仏になっている・・・。
事件によって、鈴香被告の親族はバラバラになった。鈴香被告の両親は事件後に離婚した。一連の過程で、彩香ちゃんの遺骨はタライ回しにされたという。
関係者が事情を明かす。
「そもそも(鈴香被告の)父親と母親は、初めからうまくいってなかった。鈴香のことももう関係ない、関わりたくない、の一心ですから。彩香ちゃんに関しても親族だと思ってないようです。
(被告の)母親は(被告の)父親の葬儀にも出席していません。
畠山被告は弁護士を通じて母親に”彩香を母さんの(ほうの)墓にいれてもらえないか”といってきたそうです。ところが母親の実家が反対した。行き場のなくなった彩香ちゃんの遺骨はお寺に預けられたわけです」
その寺は、鈴香被告の実家から車で15分くらい、静かな山沿いにあった。雪が深く上のほうへ登っていけない。ここに彩香ちゃんがたったひとり眠っているのだろうか。
住職を直撃した。
ー彩香ちゃんの父親は来ていますか?
「一度もお見えになってないですよ。お葬式にもいらしてないですから」
ー鈴香被告の母親がこちらにお世話になっていると聞きましたが?
「お見えにはなられますよ。彩香ちゃんに会いたいのでしょうね。もともと檀家さんですし」
ー彩香ちゃんのお墓はどちらに?
「墓石はないんです」
ー無縁仏ですか?
「それを無縁仏というかは判断に任せますが、墓石がないというだけで、彩香ちゃんにはお母さんもおばあさんも叔父(鈴香被告の弟)もいます。ですから無縁ではないんです。無縁仏の方々と一緒に弔われていますが、無縁仏と呼ぶかどうかは・・・」
彩香ちゃんの遺骨が入った小さな骨壷は現在、多くの無縁仏と並び、境内に安置されている。たった独りを耐えている。住職によって、ねんごろに葬られているという。
「お花をあげています。黄色い花が好きだったというとで、黄色い花を供えていますよ。では失礼いたしますよ」
そういい残し住職は、寺の中に入っていった。
母親に殺され、ほんの9歳で無縁仏として葬られている彩香ちゃん。父親も親戚も供養にきてくれない冬の山の寺で、独り厳しい寒さに耐え眠っている。
そして「そう遺族は望まれているので、おそらくそうなるでしょう」と住職が語るように、鈴香被告が将来亡くなったら、同じ寺で眠ることになりそうだ、という。
自分を生み、育て、殺した母親がやってくるその時を、彩香ちゃんはどんな気持ちで迎えるのだろうか。ずっと昔”彩香を置いてどこへ行ってたの”と母親の後を駆け足で追いかけたあの日のように彩香ちゃんは母親を追い求めるのだろうか。
前出の近所の住人は、寂しさをかみしめながら、こう語った。
「何のために生まれて、何のために殺されて、何のために何のために・・・と考えるともうね、関係ない他人でも悲しいですよ」
畠山彩香さんの死を悼む
2006年07月23日07時16分 / 提供:PJ
【PJ 2006年07月23日】− 秋田の小児殺害事件で、畠山鈴香容疑者(33)は娘の彩香さん(9)を殺害したことを自供した。テレビでは近所の方の「あんなかわいそうな子はいないよ」という声を放送していた。
彩香さんは母親おもいの子だったが、食事はインスタントラーメンとかばかりであったそうだ。それを買いに行った雑貨店でいつも「おかかのぶんもいいですか」と言って、おまけの飴を2個貰って帰ったという。母親の悪口は決して言わなかったという。
きれいなドレスを着て写真館で写真を撮ったときも風呂に入ってないため身体は臭い、髪はフケだらけだったという。それでもきれいなドレスを着て写真のなかで彩香さんはニコニコ笑っていた。父親の話になると「お父さんなんてしらない」と言って走りさってしまったという。小さな胸にかかえきれない悲しみを持っていたのだろう。
母親をかばい、母親をしたい、母親をおもい、あろうことかその母親にこれ以上ない裏切りをうけて殺されてしまった。彩香さんはきっと、自分の意志で鈴香容疑者のもとに生まれてきて、自分の意志でその人生をこういうふうに終わらせることを望んだのだとPJは考えたい。私達に悲しみ、哀れさ、責任、けなげさ、そういうことを深く教えてくれるために彩香さん自身が進んでこういう人生を選び、そして笑顔と納得を持って天に昇っていったのだと信じたい。【了】
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。
パブリック・ジャーナリスト 加納 昌久【東京都】 |
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