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提橋和男の新☆管理人のつぶやき 1098
活躍する女性像(74)
注目度低い!?“無言実行”でメダル狙う岡本依子選手
高須基仁 人たらしの極意
誰も取り上げないので、敢えて書く…。
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| 2004年アテネ五輪では無冠に終わった岡本。三十路の挑戦が続く・・・。 |
8月8日に開幕する北京五輪で、テコンドー67キロ以下級に出場する岡本依子から突然国際電話が入ったのは先週25日の夜10時過ぎ。
その夜、私は東京・竹橋の毎日新聞本社ビル内にある毎日映画社のスタジオにいた。BS放送「BS11」の夜の報道番組「IN SIDE OUT」に友人で静岡・富士宮市在住のボランティア活動家、夏井辰則が生出演した。
夏井はサイクロン被害に遭ったミャンマーに3週間にわたって滞在。彼が支援活動を行った現地の様子を語るのを、スタジオの隅で聞いている時、携帯電話がブルブルと鳴り、「岡本依子」と表示が出て、慌ててスタジオの外に出た…。
「高須さん、今、ソウルのキョンヒ大学で合宿してるんだけど、マネジャー兼コーチと2人きりの生活で、ちょっとホームシックなの…」という。それでいて、いつもの明るい声でケラケラ笑いながら話す…。
「ソウルの夏はこれから暑くなるから、67キロまで“増量”するのが大変なのよ」と、体重を増やす苦労を話した。
前回のアテネ五輪では、国内競技団体のゴタゴタで出場が一時危ぶまれたが、今もその余波は続き、男女日本選手で北京出場が決まっているのは岡本だけだ。
銅メダルを獲得したシドニーから3度目の五輪というのに、岡本を取り上げるメディアは極めて少ない。
同じ女子格闘技では、柔道の柔ちゃんこと谷亮子、レスリングの浜口京子らが世間から浴びる注目に比べると、岡本のそれが異常に低いことに気が付く。
私は岡本に「どこかマスコミは取材に来てる?」と聴いた。すると、岡本は「まったくなし…」と笑い、「今月20日に大阪の実家がある町内会の人々が壮行会を開いてくれるので、それまでに一度帰国します」と楽しそうに話した。
他の選手と違い大手のスポンサーもいない状態を象徴するように、壮行会が町内会主催というのは寂しい。
今年9月に37歳になる岡本は、「いいのよ。試合前に騒がれるより、勝って大騒ぎされるほうが幸せだから…」と、また笑った。
シドニーの銅メダルの時もそうだった…。
岡本とは10年余の付き合いになるが、彼女はいつも“竜頭蛇尾”を嫌い、“無言実行”を貫き通す。
その孤高のアスリートに、「壮行会には参加するよ…」と答え、30分に渡る長電話を切った。
岡本はいつも声と顔は笑っているが、奥歯をかみしめ、虎視眈々(たんたん)とメダルを狙っているのだ!!(出版プロデューサー)
■高須基仁の“百花繚乱”独り言(http://plaza.rakuten.co.jp/takasumotoji)
ZAKZAK 2008/07/03
こちら注目度高いオグシオ2008年06月23日02時00分
オグシオ赤面、大胆な五輪ユニフォームに「恥ずかしい!」
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| 3ヶ月ぶりにコンビが復活した「オグシオ」 |
バドミントン女子、大胆にデザインされた五輪ユニフォームが発表された。人気ペア「オグシオ」こと、小椋久美子(24)と潮田玲子(24=ともに三洋電機)は22日、東京都内で行われた北京五輪代表の壮行会に出席。"五輪仕様"の新しいユニフォームを着用し、たくさんのフラッシュを浴びた。
代表女子チームに初めて採用されたワンピース型のユニフォーム。潮田は「今、とにかく恥ずかしくて…。正直、これを着てプレーをするの?」と大胆デザインに戸惑った様子を見せながら「でも、新たな気持ちになってコートに立てる」と、微妙に変化した気持ちを話した。一方の小椋は「体型に自信がないので、スゴイ抵抗があった。でも、着てみたらスゴイ着心地が良かった。ウフフ…、だからガンバれるかも」と自分から吹き出し、会場の笑いを誘った。
北京五輪でメダルが期待される「オグシオ」。4月に痛めた小椋の腰痛が癒え、海外ツアーのインドネシア・オープンでコンビが3ヶ月ぶりに復活したばかり。小椋は「海外ツアー転戦で、離ればなれになっても励ましメールをもらい、1人ではないと感じた。それがリハビリの励みになり、改めて大切な存在」と互いに思いやった点を話し、「インドネシア・オープンの結果は評価できないが、実践を積めたことは良かった。コンビネーションのプレーを取り戻し、一つでも多くの勝利を奪いたい」と北京五輪の狙いを定めていた。
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| ワンピ−ス型の五輪ユニフォ−ムで登場した「オグシオ」 |
陸上 池田、ついに五輪切符獲得…「わけがわからぬ」と涙
2008年7月6日(日) 22時57分 毎日新聞
陸上競技・南部忠平記念大会(6日)
池田の体がスムーズに大きく浮いた。昨年5月以来、久しぶりの6メートル70。結果を残さなければ五輪がなくなる土壇場、しかも1回目に「合格」のジャンプが出た。「うれしいと言うか、わけがわからなかった」。感激に、思わず涙があふれた。
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| 陸上競技、南部忠平記念大会(6日) |
今年は助走や踏み切りに悩み、日本選手権では6メートル42で痛恨の3位。それでも長距離や競歩以外の女子で唯一の五輪参加標準記録A突破者という実績も考慮され、今大会で「追試」が許されて代表入りのチャンスが残った。
それから1週間。「不安でも自信でもない不思議な気持ち」に揺れた。だが「自分を信じてやれば跳べる」と言い聞かせた。注意点を細かく書いたノートを毎日何十回も読んで頭に刻み、日本選手権まで18歩だった助走を「原点に返ろう」と、昨年までの20歩に戻した。競技の直前、日本選手権で故障から復活した男子四百メートル障害の為末大に励まされ、緊張も解けてピットへ。「1歩ごとに頭から指令が出て、スローな感覚」という集中したジャンプを見せた。
祖父・彌(わたる)さん(故人)は1940年に開催中止となった東京五輪の代表候補。父・実さん(故人)も中学時代に全国3位で池田のコーチも務めた時期もある、走り幅跳び一家。「五輪は池田家の夢。実現してうれしい」。窮地を乗り越えた経験を糧に、北京へ挑む。【石井朗生】
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女子走り幅跳び決勝、6メ−トル70で優勝した 池田久美子。
池田は初の五輪出場が決定
(6日、北海道・函館市千代台
公園陸上競技場) |
今季最高の飛躍を見せ、かみ締めるように
こぶしを握った池田。 |
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