提橋和男の新管理人のつぶやき

(2008/06/12)


提橋和男の新☆管理人のつぶやき 1081

ノーベル賞受賞者を囲むフォーラム「21世紀の創造」

「山勘」を突き詰めて
−ニュートリノ観測の挑戦

ノーベル賞授賞者を囲むフォーラム「21世紀の創造」の「高校生講座 小柴教室」が2007年8月2日、東京・上野の国立科学博物館で開かれた。2002年に物理学賞を受賞した小柴昌俊・平成基礎科学財団理事長が、巨大な装置を使ったニュートリノ観測の仕方について30人の参加者に講演。その観測の仕方について講演。その観測をテーブル上で再現する実験を、市川温子・京都大学准教授が指導した。
○・モデレータ(司会)横山広美氏(東京大理学部准教授)

小柴昌俊講演「大きいこと、小さいこと」

高校生講座で講演する小柴氏=和田康司撮影
高校生講座で講演する小柴氏=和田康司撮影

東京大学の助教授になって、大学院の学生の前で初めて講義することになった。1964年のことだ。黒板の左端に「宇宙」、右端に「素粒子」、真ん中には「ニュートリノ」と書き、「山勘だが、大きな宇宙と小さな素粒子の二つを結びつけるものは『ニュートリノ』だろう」と説明した。

物質を小さくふたつに分けていくと、原子になり、原子核になり、さらにこれを分けると、陽子と中性子。それより小さいのが素粒子だ。
電子顕微鏡でも見えない小さい素粒子は、どうやって観測できるのか。
よく晴れた日に、飛行機が通った跡に白い飛行機雲を見ることがある。ジェット機そのものは見えなくても、どの方向にどんな早さで飛んでいるのか、この雲を観察すればわかる。
きれいな水をたくさん用意して、そこを通過する素粒子ニュートリノを水の電子に衝突させる。それをねらってわれわれが作ったのが、岐阜県のある鉱山の地下1000メートルの観測装置「カミオカデン」だ。

ニュートリノは、皆さんの頭を毎秒1000億以上も貫通している。カミオカンデには3000トンの水をため、太陽から来たニュートリノを計測しようとした。
だがニュートリノの反応は多くても一週間に1発か2発。巨大なアメリカの装置に負けないよう、感度の高さで勝負しようと思った。反応で生じる光をとらえる高精度の光電子増倍管を取りつけ、87年に観測し始めた。
運がいいことに、大マゼラン星雲の超新星が爆発した際に飛び出たニュートリノも観測できたし、ニュートリノの質量がゼロではないことを示すニュートリノ振動という現象も、後の研究で発見できた。山勘で始まったニュートリノの研究だが、本気で突き詰めて考えることで実りあるものになった。

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実験:豆カミオカンデで宇宙線をとらえよう。
ミュー素粒子「見えた!」

ミュー粒子をとらえる実験に取り組む参加者
ミュー粒子をとらえる実験に取り組む参加者

宇宙から大量に注ぐ宇宙線。そのうち「ミュー粒子」と呼ばれる宇宙線は、手のひら大に毎秒1個ほどやってくる。
30人の生徒たちは、市川温子・京都大学准教授の指導で、人間の体など通り抜けてしまうこのミュー粒子をつかまえる実験に挑んだ。

小柴昌俊さんが、宇宙から来る謎の粒子ニュートリノを捕らえるために建設したのが巨大観測装置「カミオカンデ」。生徒たちが作る実験装置はカミオカンデと原理が同じで、その名も「豆カミオカンデ」だ。
本物のカミオカンデは、深さ16メートル、直径16メートルの巨大な円筒の内壁を、直径50センチの電球型センサー「光電子増倍管」がびっしりと埋めている。これで、円筒内の水とニュートリノが反応して出す微弱な光をとらえる。
市川さんは、直径5センチのミニ増倍管とガラス瓶、ミュー粒子を光に変える「シンチレーター」というプラスチック材料、それに黒い遮光シートをそろえた。

小柴さんの話を熱心に聞く高校生達
小柴さんの話を
熱心に聞く高校生達

まず生徒たちは、瓶に水を満たし、ミュー粒子が水と反応して出す弱い光をとらえる倍増管とテープで固定。同じ要領で、もう一本の増倍管には、水の代わりにシンチレーターを取りつけた。
ミュー粒子は、地球の大気を通過すると、別の粒子に姿を変える。だから、大気の層が一番薄い真上から来る量が一番多い。
そこで生徒たちは二つの増倍管を縦に連結し、垂直に立てて観測に入った。もし両方り増倍管が同時に反応すれば、それが真上から飛び込んだミュー粒子だ。

「見えた!」「おっ、来た」。表示装置に映した2種類の増倍管の観測波形が、あちこちのテーブルで振れる。自然を観察したいという化が者の情熱と知恵を目の当りにして、次々と歓声が上がる
渋谷教育学園渋谷高校1年の小池宇織さん(15)は、「見えないものを見ているということが、とても興味深い。将来は技術者になりたいと思った」と生き生きとした表情で話す。埼玉県立大宮高校1年の木原隆博さん(15)も、「シートを巻くのが難しかったけど、みんなで協力して実験は成功した。楽しかった」とうれしそうだった。

小田島岳史(東京都・東京工業大学付属科学技術高3年)
カミオカンデのアイディアはどうして生まれたのか。

小柴 米グリーン゛ランドにある岩塩抗にたまった水は、食塩が溶け込んでバクテリアも繁殖しない透明できれいなもので、こんな場所に光電子倍増管を設置すれば、ニュートリノも観測できるのではという考えが浮かんだ。

熊坂直也(神奈川県・厚木東高2年)
宇宙はどこまで解明できるのか

小柴 宇宙観測は今後も進むだろうが、一番困難なのは人間を知ること。自然科学は、観測する主体と、される容体を分けてきた。人間自身を見つめる研究は、それが分けられない。実に難しいと思う。

木原隆博(埼玉県・大宮高1年)
ニュートリノ研究を他分野へ応用できるのか。

小柴 それは難しい。だが、精度よく観察すれば、137億年前のビッグバンで生まれた直後の宇宙の姿をとらえられる。

益子哲行(埼玉県・大宮高1年)
研究者の倫理観とは。

小柴 科学はもろ刃の剣。使い方によって害が起きる。核爆弾がその典型で、研究者は、これが人類の上に落とされるなんて思わなかった。使う人が、その影響を十分に考えるひつようがある。


科学を楽しむ心 大切に
実験を指導した市川温子さん


「高校生のみなさんが積極的に実験に参加してくれたおかげで、うまくミュー粒子をとらえることができました。ノーベル賞の研究成果を実感してもらえたはずです。
私は素粒子物理学を専門に研究しています。私たちが住む世界がどのように生まれ、どのように作られているのかを解き明かす学問です。そのためには、見えない素粒子をうまく捕らえなければなりません。
どんな装置を作れば素粒子をうまく検知できるかを考え、デザインし、作りあげていくこと。それが物理学のとても大切なことですし、面白いところであります。
研究者を目ざすならば、いろんなことに興味をもって、いろんなことに挑戦してください。そして、科学を楽しむ心を大切にしてほしいと思います。

=読売新聞2007年9月16日=

■トンデモさんに質問です。
ニュートリノの観察も小柴昌俊教授の「山勘」から始まった。ニュートリノは目に目に見えない。見えないもの、科学的に証明されないものは「トンデモ、トンデモ」と馬鹿の一つ覚えで騒ぐトンデモさんは、ニュートリノも「山勘」の時代は「トンデモ、トンデモ」と騒いだのでしょうか?

あなた方は極めて思考の狭い方々です。そして、批判は独善的です。
科学は宇宙を含むこの世界で起こる事象、現象を捉えて分析して、真理の一分一分を究明していく学問です。
あなた方は、事象、現象を嘲笑しトンデモと騒いでいる。科学研究の入口で、「最初に否定ありき」で批判している。
例えば電解還元水についても、九州大学大学院の白畑實隆教授は「活性水素」の働きを示唆し、検出装置も開発され研究されておられます。ところが、トンデモ一派は、エセ科学だ何だと批判しています。仮に今は100%仮説(私は実証されているものと思っていますが…)だとしても、山勘からニュートリノが観察できるようになったと同じく、いつの日か、活性水素の働きが天下に堂々と認められる日が来るかもしれない。電解還元水で起きている「事象、現象」の解明であるわけですから、事象。現象の「果」については「因」があるわけです。何も原因がないのに結果だけが生じるということは「因果律」からしてもありえないことです。
トンデモさんが「活性水素」を否定するのなら、当然「因果律」からして、「活性水素」以外の「因」について発表すべきです。それでなければ一方的な批判でしかなく中身がありません。それこそトンデモでしょう。

市川温子・京都大学准教授の「研究者を目ざすならば、いろんなことに挑戦してください。そして科学を楽しむ心を大切にしてほしいと思います」と高校生に贈った言葉をよく噛み締めてみることです。
「体験談が何かの反論になるとでも思っているのだろうか」などと事象・現象を無視しているようでは科学の研究を目ざす資格がないということでしょう。
アインシュタインの「相対性理論」も、あれは「理論」ですから。科学的検証は後追いです。「理論」でもノーベル賞を受賞しているのです。
目に見えないからといって「信じない」では科学を論じる資格がないということです。日蓮大聖人はそのような人たちを下記のように仰られておられます。ご参考までにご紹介いたしましょう。

目に見えないものは信じないという人たちは、日蓮大聖人が「痴人が疑って云はく、我等は南天を見て東西北の三空を見ず。彼の三方の空に此の日輪より外に日やましますらん。山を隔てて煙の立つを見て、火を見ざれば煙は一定なれども火にてやなかるらん。かくのごとくいはん者は一闡提(いつせんだい)の人と知るべし。生き盲のことならず」と仰せられたところの「痴人」「一闡提の人」「生き盲」であり、まったく純粋性を失った人であります。

○ こしば・まさとし 1926年愛知県生まれ。東京大学物理学科を卒業後、米ロチェスター大大学院などを経て、70年に東大理学部教授。
2003年10月より現職。大マゼラン星雲の超新星爆発で生じたニュートリノの観測に成功し、ニュートリノ天文学の道を開いた業績で02年に物理学賞を受賞。

■お待たせいたしました。トンデモさんのコメントです。

1.「トンデモ」いい話をタネに自分の正しさを正当化するよくあるすり替え/実証されたら胸を張ればいいと思うよ。それまでは真実として語ったらいかんというだけ。
2.これはひどい。010ネタ。800トンデモ トンデモネタ。

最初のコメントは文章になっていますから理解できますが、2番目のコメントは、ちゃんとした日本語で書いていただかないと理解できません。ま、ご当人も意味がわからずただトンデモ、トンデモなのかもしれませんが。
ところで、ここで私が述べたことは「自分の正しさを正当化するための主張」ではなく、物の見方の「道理」を日蓮大聖人の言葉を引用して紹介しているまでです。
「山を隔て煙の立つを見て、火を見ざれば・・・煙は認めるが、だからといって煙の元が火であるということは、ここからは見えないのだから、認めることはできない」というのがトンデモさんの主張。しかし、見て確認しなければ信じないという人は、まったく純粋性を失った人であると大聖人はおっしゃっているという引用です。現場へ行って確認しなくとも「煙という根拠がある」のだから、煙の元は火であろうと、普通は考える。事象・現象を無視し、「トンデモ、トンデモ」では、新たな科学的な発見や進歩は見られないでしょう。すり替えではなく道理を書いたつもりです。もっとも当事者同士では水掛け論かもしれませんが、どう判断されるかは読者の方々です。皆様はどう思われますか?

アホか、ニュートリノは科学的に証明されているのだろう?
小柴は、科学の方法論を理解し、努力を行った。トンデモさんは、科学の方法を知らないし、努力もしない「目に見えないから」否定しているわけではない。

私が言いたかったのは目に見えないニュートリノですから科学的に証明されていない時代であったらやはり「トンデモ、トンデモ」と騒いだのしょうか?という主旨です。質問は単純なのになぜそんなに熱くなるのですか?
ところで私は、アホだ、サギシで結構ですが、なぜ個々に敬称をつけないのでしょう。一般に公開されている文章では。それだけで読み手が奇異(侮蔑)に感じるのではないかと思うのは、私だけでしょうか。

無視した方がいいのか、小柴先生に報告した方がいいのか

小柴先生に一体何を報告するのですか?馬鹿らしい!

アインシュタインのノ−ベル賞は光電効果についてなんだなぁ、的外れなわら人形論法だ。

馬鹿な私は思い込みだけでよく調べもせずに書くからこんなミスをやらかすのです。申し訳ありません

1921年アインシュタインはノ−ベル物理学賞を受賞しました
この時、相対性理論に対するノ−ベル賞委員会の意見が完全に分裂し結局受賞理由は「光電効果」ということになったそうです

つまり「相対性理論」はノ−ベル賞の対象として議論されたが委員会の意見の統一が出来ず、「光電効果」でノ−ベル賞を与えることになったのだそうです。

「相対性議論」は現在でも完全に実証されていないがこれまでのところ実用上差しつかえないレベルでは「信頼に足る」程度、証明がされただけです。
そのため今でも「相対性理論は間違っている」と主張する人が絶えないそうです。
・・・という事で「理論」であってもノ−ベル賞の対象として議論を呼んだのは事実です。

「理論」でも議論を呼んだのです
と訂正いたします。
当時の委員会が相対性理論をトンデモ、トンデモとしなかった事においてもトンデモさん方とは科学に取り組む姿勢が全くちがうと私は思います。
あなた方が当時の委員であったらトンデモナンセンスでオシマイだったでしょうね。どうですか?