提橋和男の新管理人のつぶやき

(2008/05/23)


提橋和男の新☆管理人のつぶやき 1079_2

活躍する女性像(71-2)

モータースポーツ
ガイド:辻野 ヒロシ
掲載日: 2007年 04月 29日
IRLインディーカー
No1女性レーサー、ダニカ・パトリック

君はダニカ・パトリックを知っているか?

男勝りの走り、モデルもこなす美貌、大物ミュージシャンのミュージックビデオでドレス姿を披露するセレブ、すかした感じかと思えば実はとても人間的で、ダニカはストレートに感情を顔や言葉に出す・・・ダニカは面白いほどにいろんな顔を見せてくれる。ガイド自身、彼女のファンだ。

アメリカンモータースポーツの最高峰、IRLインディカーシリーズに参戦して3年目、これまで数々の話題を振りまいてきた人気ドライバー、ダニカ・パトリックについて改めてご紹介したい。

ダニカ・パトリックの走り(写真:本田技研工業)
ダニカ・パトリックの走り(写真:本田技研工業)

職業:レースカードライバー

ダニカ・パトリックは1982年ウィスコンシン州に生まれ、10歳でレーシングカートのキャリアをスタートさせている。その後、彼女は本格的にフォーミュラカーのレースに挑戦するために英国へ留学し、多感な時期を外国のレース修行に捧げて過ごした。

そんなダニカの英国でのレース活動に目を付けたのが、86年のインディ500優勝者ボビィ・レイホールである。「レイホールレターマンレーシング」の共同オーナーを務めるレイホールは次代のスターを探していた。

レイホールはダニカをアメリカに連れ戻し、インディ直下のレースでダニカを育てた。そしてダニカ・パトリックは与えられた環境の中で結果を残し、2005年、「レイホールレターマンレーシング」から最高峰のIRLインディカーシリーズに鳴り物入りでデビューすることになった。

女性ドライバーはダニカ以前にも参戦があり、特に珍しいことではない。伝統の「インディアナポリス500マイルレース(インディ500)」においてはリン・セント・ジェームスらのドライバーが活躍した。しかし、23歳と若く、しかも美しく、トップを争える速さを持ち合わせているとあって、デビュー当時のダニカ・パトリックは何から何まで話題づくし。全米のマスメディアは彼女を放ってはおかなかった。

ではダニカが歴史的快挙を実現した05年のインディ500を振り返ります。

伝統のインディ500とは?

インディアナポリス500マイルレース(インディ500)はIRLインディカーシリーズの中でも特別なレースだ。1911年に第1回大会が開催された現存する世界で最も歴史の長いレースであり、毎年50万人の観客を集める、とんでもない規模のレースだ。

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06年のプロフィール写真(写真提供:モビリティランド)

インディ500は大抵3日間で完結する通常のレースと異なり、およそ1ヶ月間の長きに渡りスケジュールが組まれ、5月末にインディアナ州インディアナポリス・モータースピードウェイ(通称ブリックヤード)で開催される決勝レース200周(1周2.5マイル)でクライマックスを迎える。

女性レーサーで初の快挙!インディ500のトップを走行

ダニカ・パトリックの人気を決定付けたのはデビュー年(05年)のインディ500である。練習・予選が行われる1ヵ月間のスケジュールの中でと速さを見せ、女性ドライバーのインディ500予選・最高位である4番グリッドを獲得した。

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インディ500マイルレース(写真:本田技研工業)

ニカの活躍で全米のメディアは大騒ぎとなり、他のドライバーの活躍はほとんど報道されなかったという。まさにダニカ・フィーバーとなった2005年のインディ500、決勝レースでさらに彼女は奇跡を起こしてみせた。

彼女は女性ドライバーで初めてインディ500のトップを走ったのだ。

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ブリックヤードを走るダニカ・パトリック(写真:本田技研工業)

レース序盤は中段を走るも、ピットストップの際にはエンジンが停止するアクシデントに見舞われ順位を落とす。さらには自分のミスでクラッシュし、万事休すかと思われたが、そこから不死鳥のごとくトップまで這い上がってきた。終盤に展開されたダン・ウェルドンとのトップ争いでは、観客を総立ちにさせた。しかし、最後は燃料セーブを強いられ、スピードを落とすことを余儀なくされ、4位完走となった。しかしながら、世界中のファンの目は優勝したウェルドンではなく、ルーキーながら健闘したダニカに向けられていた。

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モトローラカラーのスーツも似合う

レース展開がドラマチック過ぎた。女性ドライバーがトップを走ったという事実よりも、一人のレースカードライバーとしてダニカ・パトリックの印象は強烈に人々の心に刻まれた。第89回インディ500のRookie Of The Year(新人賞)はダニカ・パトリックに贈られ、彼女は新人ながらにして記録よりも記憶に残るレースカードライバーになったのだ。

チームを移籍。狙うは2005年のインディ500の再現だ。

2006年をランキング9位(最高位4位)で終えたダニカは育ての親元を離れる決心をした。2007年はマイケル・アンドレッティ率いるAGR(アンドレッティグリーンレーシング)に電撃移籍を発表、ブラック&ブルーのモトローラカラーのマシンを駆ることになった。

先日、ツインリンクもてぎで開催された『インディジャパン』では、ダニカお得意のコースとあって予選からキレのある走りを見せ、練習から予選にかけては常に上位に名を連ね、グリッドは4番手を確保した。決勝レースでは序盤で順位をズルズルと落とし11位フィニッシュとなったが、レースウィークを通じてようやく浮上のキッカケを掴む事ができたのは確か。トップコンテンダーへの道はまだまだ遠いが、ダニカは仕事の一環でもあるはずのブログも更新せずにインディ500に向け集中している。

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ダニカ・パトリック(写真提供:モビリティランド)

ダニカ・パトリックはアメリカを代表するレーサー

デビューから3年経った今もダニカ・パトリックの人気は変わらない。ダニカは今もアメリカで最も有名なレーシングドライバーの一人であり、彼女の存在はインディはもちろんカーレースの代名詞になっている。

実はシーズンオフ中、ダニカがストックカーレースのNASCAR(ナスカー)に転向するという噂があった。日本では馴染みが薄いが、NASCARは全米で第2位の人気スポーツに成長しており、日本では松坂フィーバーが盛んに報じられているメジャーリーグベースボールよりも人気がある。そんな人気シリーズNASCARに超人気レーサーのダニカが転向することはあり得ない話ではなかった。逆を言えば、今のIRLインディカーシリーズはダニカ人気に支えられているようなもの。例え上位を走っていなくても、ダニカには居てもらいたいところだろう。

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インディジャパンでの走り(写真提供:モビリティランド)

ダニカに関するエトセトラ

ダニカ・パトリックの存在は実に面白い。レース場では厳しい表情を見せる彼女も、一旦ドレスに身を包めば、モデル級の素晴らしい美貌を備えた女性に変身する。このギャップもまた彼女の魅力である。

ダニカは人妻である
2005年末のオフ中に16歳年上の男性と結婚している。

大物ミュージシャンのミュージックビデオに出演
昨年ヒップホップ界のドン的存在、JAY-Zの復帰作「Show Me What You Got」のプロモーションビデオに出演。NASCARスターのデイル・アーンハートJrとカーチェイスを繰り広げている。視聴はコチラ(英語)

セクシー女性ランキングでも人気
アメリカの男性誌「FHM」が選ぶ、世界のセクシー女性100人のランキングで85位を獲得。ちなみに2006年は42位だったそう。インディ500で上位を走ればランキングもあがる? ランキングはコチラ(英語)

これからもいろんな意味で話題を振りまいてくれそうなダニカ。何はともあれ、まずはレースでの躍進を期待したいところである。

=2008.5.1読売新聞=