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提橋和男の新☆管理人のつぶやき 992
がんと闘う(18)
王監督 天国の妻へありがとう 266日ぶり公式戦白星
2007年3月26日(月) 10時35分 西日本スポーツ
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| 7回裏、大村の適時打で追加点を挙げ、ベンチで拳を振り上げる王監督 |
福岡ソフトバンクの王貞治監督(66)が昨年7月以来となる公式戦勝利のハイタッチを、Vを目指す戦士たちと交わした。実に、266日ぶり。オリックスを相手に思わぬ黒星発進となったが、競り勝って投打の底力を示し、開幕カードを五分の星でスタートした。今季、指揮官がにらむのは日本一はもちろん、常勝軍団の完成。ストロング・ホークスが走りだした。
まばたきをするのも惜しかった。グラウンドで繰り広げられた今年初めての“宴”を、王監督は大きな目に焼き付けた。そして、頼もしい戦士と266日ぶりのハイタッチを交わす。「久しぶりの感触? 周りが言うほど違いはなかったよ」。今年で67歳。はしゃぐ年ではない。顔で少し照れて、背中で笑っていた。
開幕戦では投手陣が崩れ、足元をすくわれた。「最初に負けると開幕戦が大きく感じてしまうし、それが2つ続くとなるとやっぱりね」。充実した戦力を擁しているとはいえ、仮に開幕連敗となれば、気分のいいものではない。巨人の監督時代も含めて過去に1度も経験のない屈辱でもある。しかし、不安は一掃された。
和田が投げ、松中が守り、多村が打った。全員野球でつかんだ完封勝利がうれしかった。私生活では3人の娘の父親。「僕は親から丈夫な体を授かったけど、受け継いでくれる男の子がいない」とつぶやいたことがある。しかし、掛け替えのない“息子たち”がいる。「野球のレベルの高い人が苦労し、少しずつレベルアップしていく姿を見るのが1番楽しい」。冷めることのない野球への情熱は加速するばかりだ。
大病を克服し、帰ってきた戦いの舞台でしるした1勝。喜びを共有したい人は、天から見守っている。01年12月に同じ胃がんで逝った故・恭子夫人。「ユニホームを着ているあなたが1番すてき」とささやかれた言葉は今でも宝物だ。「女房には悪いことをした。無理にでも検査を受けさせておけば」。だから、多忙な日程を縫って、定期健診を受けた。医師から宣告を受けたときは手術を即決した。「手遅れにならなかったのは、女房が助けてくれたから」。感謝の思いを胸に、グラウンドに立った。
いつかはユニホームを脱ぐ日がやってくる。選手、監督として既に世界を極めた。残された夢は「常勝軍団」を完成させること。「球団から“要らない”と言われたら別だけど、福岡にマンションを買ってもいいと思っているぐらいだよ」。投打に完全無欠のストロング野球を、第2の故郷になった九州の地で成就させる。
試合後は、和田からウイニングボールをプレゼントされた。毎年シーズン1勝目の記念の証しは、孫オーナーに贈っている。この日も同じだった。「ボール? 過ぎたことはもういいんだよ」。穏やかな笑み。幾重もの思いが詰まった1勝も偉大なる通過点にして、闘将が力強く一歩を踏み出した。 (西口憲一)
=2007/03/26付 西日本スポーツ=
西武ライオンズが震源となった「裏金問題」の完全決着をみないまま先週パ・リーグが開幕した。開幕白星発進こそ、できなかったが昨年7月胃がんの全摘出手術を受けたソフトバンクの王監督のユニホーム姿にはブラウン管越しに感動した。
術後、王監督とは携帯電話で何度かやりとりした。昨年12月、WBC優勝の表彰イベントに出席した王監督の顔色の良さに「順調ですね」とお祝いの意味を込めて、電話したが「皆、そう言ってくれるけど、本当はまだ食欲はないし、あばら骨が浮いているんだ」と弱気だった。
開幕日に地元放送局のイベントに福岡入りした二女の理恵さんも「術後はユニホーム姿を見られるとは思っていなかった」と語っている。
ホークス担当当時、王監督と食事をした際、「オレは棺桶に入るまでユニホームを着ていたい」と生涯野球人である覚悟を、あの大きな目をさらに大きく見開いて語っていたことを思い出す。今回もその野球への強い思いが驚異的な回復の源になったのだろう。
第2戦に復帰初勝利を飾った和田から渡されたウイニングボールは「過ぎたことはいいんだよ」と孫オーナーにプレゼントした。
これまで、「スパイ事件」や小久保、井口、城島ら生え抜きの主力選手が退団した際、「われわれは前を向いて進むしかないんだ」と言い続けた王監督らしかった。
ネット裏で観戦した理恵さんは闘病時代に関しては「ノーコメントを貫け」とクギを刺したというのも「前進あるのみ」の王監督ならでは。
王監督が強い意志で病を克服して”帰還”した。その姿は同じ病と闘う人たちに大きな勇気と希望を与えたはずだ。(小林敏治晴)
=3月27日・スポーツニッポン=
⇒天国の妻へありがとう(2)
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