提橋和男の新管理人のつぶやき
(2006/12/20)

提橋和男の新☆管理人のつぶやき 956

活躍する女性像(58)

がんと闘う・番外編・走り幅跳び池田久美子

女子走り幅跳びの池田久美子が、8月にがんで亡くなった親友・女子砲丸投げの森千夏選手(ともにスズキ)に捧げる金メダルを獲得した。二人は、北京オリンピックでのメダル獲得を誓い合い励んできた。しかし、志半ばにして森選手は病魔に倒れた。アジア大会の金メダルは、北京に続く第一歩。森選手への思いを抱いて池田久美子は跳ぶ。 No907−2

アジア大会 女子走り幅跳びで池田が金メダル 9大会ぶり
2006年12月11日(月) 17時23分 毎日新聞

池田久美子

女子走り幅跳びは池田久美子(スズキ)が6メートル81で優勝し、この種目の日本勢としてバンコク大会の山下博子以来となる9大会ぶりの金メダルを獲得した。

◇「ここまで来たら
    7メートル目指したい」…池田

 日の丸をまとった池田は、小躍りしながらウイニングラン。「小学6年で初めて全国優勝した時と同じくらいうれしい」。25歳ながら陸上18年目。数々の喜びを知る池田にも、アジアのタイトルは格別だった。
 2回目に6メートル68で首位に立ち、5回目に6メートル81。5月に出した日本記録(6メートル86)に次ぐ自己2番目の大ジャンプで、03年世界選手権銅メダルのジョージ(インド)を29センチも離した。「海外で大差で勝てた。ちゃんと力がついたと確認できた」。その充実感が喜びを膨らませた。
 今年は助走スピードが向上。体の細かい動きも自在に調整できるようになり、6試合で6メートル70以上をマーク。世界屈指の安定感は落ち着きを生んだ。この日も「『誰に勝つ』などではなく、自分がやるべきことだけ考えて戦えた」。気迫が空回りして7位に沈んだ前回大会での未熟さは、4年を経て完全に消えていた。
 競技中、2人を脳裏に浮かべた。一人は昨年他界した父・実さん。小学生の時からのコーチであり、応援団長だった。この日は、小学6年で全国を制した日に家族で撮った写真をバッグに入れてお守りにした。そして今夏に難病で亡くなった女子砲丸投げの森千夏さん。年齢も所属先も同じ親友は、前回大会で日本新記録を投げ銅メダル。「うらやましかった。今回は森ちゃんを思いながら跳びました」。自分を支えてくれた恩人への思いも、大ジャンプへの追い風になった。
 充実した1年は、最高の締めくくりに。「でもお父さんはアジアの金では許してくれないはず」。来年は日本での世界選手権、そして08年は北京五輪。「ここまで来たら7メートルを目指して、メダルを取りたい」。その言葉は力強かった。【石井朗生】

[ 12月11日 17時23分 更新 ]

 

池田久美子亡き友に捧げる金/陸上
<アジア大会:陸上>◇10日◇ドーハ

女子走り幅跳びで池田が金メダル
森千夏選手
女子走り幅跳びの池田久美子(25=スズキ)が6メートル81で、亡き親友にささげる金メダルを手にした。目標の7メートルジャンプは成し遂げられなかったが、70年バンコク大会の山下以来、36年ぶりに表彰台のてっぺんに上がった。

 5回目の跳躍で試合を決めた。スピード感あふれる助走から自身の持つ日本記録(6メートル86)に迫る6メートル81をマーク。02年釜山大会金メダリストで、05年世界選手権5位のジョージ(インド)との戦いを制した価値のある金メダルだった。

 8月に病魔に侵され若くして亡くなった女子砲丸投げアテネ五輪代表の森千夏さん(享年26)への思いを試合にぶつけた。会社にも同期入社。02年前回大会で腰を痛め7位に終わり泣きじゃくった池田を励ましたのも森さんだった。「森ちゃんの思いを胸に」。心は常に一緒だった。

 世界と対等に戦うには7メートル以上の跳躍が必要不可欠。まだ、実力的に差があることは分かっている。だが、森さんの葬儀で「私が北京五輪でメダルを取って森ちゃんの墓前に報告できるように頑張る」と誓った。その言葉を現実にするため、ひたすら前進する。
[ 2006年12月11日
        9時49分日刊スポーツ 紙面から]

アジア大会・池田の跳躍
陸上女子走り幅跳びで優勝した池田久美子の跳躍。自己の日本記録に5センチと迫る6メートル81で優勝、この種目で日本に36年ぶりの金メダルをもたらした(10日、ドーハ)

日の丸を手に観客の声援に応える池田
最後6回目のジャンプ

アジア大会 池田がV スタンドの観客、そろって手拍子
2006年12月12日(火) 10時25分 毎日新聞

最後の跳躍を前に観客に手拍子を促す池田
ドーハ・アジア大会の第10日、女子走り幅跳びで優勝が確定した後の6回目。スタンドの観客がそろって立ち上がり、池田へ手拍子を送った。「最後はいろんな国の人が喜んでくれてうれしかった」。多くの人の心も引きつけた圧勝だった。
 出場した15人の中で、今年の記録では6メートル86(日本記録)で世界ランク7位の池田がトップ。しかし観客の目は、03年世界選手権銅メダルのジョージ(インド)に集中した。ドーハ市内で働くインド人労働者がスタンドを埋めたこともあり、ジョージには大声援。池田が手拍子を求めても、5回目までは反応が鈍かった。「もっと有名にならないとダメですね」。それでも落ち着いて試合を運び、5回目に6メートル81の大ジャンプを演じた。
 今年の成長の裏には、精神的な向上もあった。落ちているゴミを率先して拾うなど、日常生活の小さなことにも前向きに取り組んだ。陸上の普及活動にも積極的に参加する。「人間として大きくならなければ本当に強くなれない」。それが、どんな環境の大会でもしっかり力を出す強さを生んだ。
 4回目はわずかに踏み切り板を越えてファウルになったが、実質の距離は日本記録を超えていた。ウイニングランをしながら「これが世界選手権や五輪だといいな」と思ったという。その願いにも、着実に近づいている。【石井朗生】

[ 12月12日 10時25分 更新 ]
池田の跳躍