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提橋和男の新☆管理人のつぶやき 955
認知症
我がお袋は残念ながら初期の「認知症」と診断された。90歳だからやむを得ないとは思うが、還元水を愛用していて、私の本心としては「残念」というところである。
事情があって、相変わらず一人暮らしであるが、日常の生活に今のところ支障はない。私が朝晩顔を出し、時には一緒に外食したり、電車に乗ったりと、ともかく少しでも一緒にいる時間、語らいの時間を作るようにしている。
以前にもNo939でも書きましたが、お袋は65歳の時に狭心症で一日4回の発作に苦しみ、慈恵医大青戸病院に2年半通ったが治らなかった。結局、食事療法と水で治してしまった。
現在「認知症」で慈恵医大青戸病院通いはじめたが「元気な不思議なばあさん」ということで、診察のときインターンが立ち会って主治医がそのことを説明していた。
治療法として、進行を遅らせる「薬」を飲ませるかどうか迷った。医者も商売だから「飲まないより飲んだほうがいい」という。近藤誠医師の「検査が病気を作る」という言葉が頭に浮かんだ。
結局、今すぐどうということはないけれど、必ず進行するから「薬は飲ませたほうがいい」という医師の言葉に、薬を飲ませることにした。薬を飲んでしまったら、もう途中でやめることは出来ないという。
そもそも、病院へ行ったのは、今の段階なら、薬で進行を止められるかもしれないという気持ちがあったからだったので、やむを得まいと決断した。
「認知症」とわかってから、ともかく人と話をすることを心がけさせ、「お花茶屋公園」によく出かけるようにしている。
公園に行くと、お年寄りが何人か来ていて世間話が出来る。…世間話が出来るハズなのだが、最近公園に来るお年寄りが減ってしまったという。あの人も来なくなった、この人も来なくなった…。たまに会うお年寄りは若い人で話が合わないし…とお袋は嘆いている。若いお年寄りといったって80歳は超えている。お袋が歳を取りすぎたということなのかなあ。
「皆、どうしたんだろうねえ」というから「何処かへ行ってしまったんだろ」と私は答える。近所の水飲み仲間のお婆さんたちも居なくなってしまった。
「近所で年寄りは私一人になってしまったよ」とお袋。皆、水を信じなかった。お袋が一生懸命に水を運んだんだけと、彼らにとっては、所詮「水は水」だった。
病院にお袋を連れていくと、お袋より若いお年寄りが「車椅子」や杖で歩いている。すれ違った看護婦さんが「車椅子はよろしいですか?」と声をかけてくれる。「車椅子?…そうか、お袋はそういう歳なんだ」と改めて思う。もちろん、車椅子も杖も使わずお袋は病院内を歩いている。どう見ても、その人たちはお袋より皆歳下だと思うのですが、お袋ほど元気がないし、老けている。顔に皺かあるし…。改めて、長年「還元水を飲んできた威力」を再認識している。
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| お花茶屋公演(正面) |
ある日、お袋に公園の前にある老夫婦が経営しているクリーニング屋さんに用事を頼んだ。後日、そのクリーニング屋さんに顔を出すと「この前、お母さんが見えましたよ。お母さんと暮らしていたんですか」とご夫婦。
「幾つくらいに見えましたか?」と尋ねると、「う〜ん」と二人で考え込んで返事がない。「90歳なんですよ」というと「えー!」とご夫妻で絶句。
「わしらは、とてもそこまで生きられないなあ」と言うから私はもったいをつけて「90歳まで生きられる秘訣があるんですよ。今度お教えしますから」。
お袋は「水のおかげでどこも悪くない」と自慢している。まあ「認知症」を除けば…と私は思うが、ここのところ食欲も出て以前にまして体力がついてきた。
以前は、何を食べても「まずい、まずい」と言っていたが、今は「美味しい」といって何でも食べる。味覚障害がなくなったのかなあ、と私は思っている。
体も丈夫になってきたとみえて風邪もひかない。
お袋の「還元水」を飲むピッチを上げさせている。一発逆転ホームランを打って、狭心症を治してしまったように、認知症についても慈恵医大の先生を驚かせるのが、今の私の目標である。
とはいえ、医者も驚くくらい元気で、この程度で済んでいるのも「還元水」のおかげだと改めて感謝している。(自画自賛?)
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| ブランコにゆれるおばあさん |
ところで、私がクリーニング屋さんに顔を出したこの日も、公園で一人でブランコに乗っているお婆さんがいた。ベンチで語りあっているひとがチラホラ。その周りでハトが遊んでいる。
ここは、東京都葛飾区のお花茶屋公園。おなじ葛飾だが、「こちら亀有公園前派出」の亀有公園ではない。あちらは常磐線だが、お花茶屋公園の所最寄りの駅は京成電鉄「お花茶屋」。高校女子バレーで有名な共栄学園がある。
お花茶屋…よく、面白い地名と人から言われるが、地名の謂れは、江戸時代、八代将軍の徳川吉宗が鷹狩りの際、腹痛を起こし、一軒の茶屋を見つけて休息した。その時お花という茶屋の娘が看病した。吉宗は「以後、お花茶屋と名乗るがよかろう」と言ったとか言わなかったとか…つまり名付け親は八代将軍の徳川吉宗公ということになる。今も、その茶屋といわれるお店が存在する。
この町にも、もっとトリムイオンを普及させたいが、話をしても「水」を信じる人は少ない。お袋が生き見本だったけど、話は聞いても、医者と薬を信じて水は信じなかった。
まあ、世の中そんなもの。しかし、何とかクリーニング屋さんご夫婦には還元水を飲んでもらいたいなあ…と念じている管理人です。
⇒プロムナードお花茶屋http://www.ohanajaya.info/shuhen-f.html
⇒共栄学園http://www.kyoei-g.ed.jp/index.html
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△京成電鉄

下り3300型「高砂」行き |

お花茶屋駅に進入するスカイライナー上野行き |

お花茶屋駅ホーム |

下り 3500系 ちはら台行き |
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