提橋和男の新管理人のつぶやき
(2006/12/04)

提橋和男の新☆管理人のつぶやき 947-2

ああ、大相撲衰退記


ムエタイの本場・
王立ラジャダムナンスタジアム
読売新聞11月24日の大相撲の記事である。もはや大相撲衰退記、これほど露骨にあきらめムードで記事を書くのかなあ、と思う。
大相撲と同じように伝統を誇る格技がある。タイ国・500年の伝統を誇るムエタイ・ボクシング。こちらも外国人の殴り込み(日本人が多いが)が多い。

受けて絶つ、ムエタイ戦士、チャンピオンが外国人に負けることがあれば「伝統を汚した」として、即座にタイトル剥奪、永久追放にされる。
タイのボクサーは貧しい農村の出身が多い。一旗挙げて一族を養っている。どんなに名を挙げたチャンビオンであろうと、外国人負けた時、一瞬にしてすべてを失ってしまう。
彼らは一族の生活をかけ戦っている。
それと比べれば、大相撲は厳しさが違うかもしれない。外国人に翻弄されても「だらしがない」で済んでしまう。その嘆き節が読売新聞の行間から聞こえてくる。

一方、若い芽も育っている。期待のホープ稀勢の里を筆頭に、彗星の如く現れた豊真将。そして3役を狙う琴奨菊。大相撲が面白くなるかどうかの期待を彼らが担っている。


ムエタイ

14日目。稀勢の里、魁皇を上手投げで破り
勝ち越しの望みを千秋楽につないだ。

朝青冷静。「我慢の攻め」万全 きょうにも賜杯

=大相撲九州場所12日目=

横綱朝青龍は、万全の相撲で魁皇を寄り切って無敗を守り、1敗の豊真将が負ければ、朝青龍の3場所連続19度目の優勝が決まる。千代大海と栃東が、それぞれ9勝目。琴欧州は雅山に押し出されて4敗となった。

完全アウエーの魁皇戦に要した時間は20秒3。横綱としては、意外と長い。だが、それは大関の抵抗ではなく、朝青龍が慎重を期したためだ。
横綱の攻めは徹底していた。左差しで頭をつけ、魁皇の両まわしを遠くした。右から絞ってジリジリと攻め立てる。
「右の前まわしを取れればと我慢した。我慢して一瞬のチャンスをつかんだ」。

左四つ、右前まわしは横綱にとって万全の形。力も地位も上なのに一切のスキを見せず、「一瞬、小手投げを考えた」と警戒しながら寄り切った。
魁皇完敗を嘆く余地などは、全くない。


優勝パレードの朝青龍

13日目に優勝が決定する。それは、初の大関挑戦の豊真将が、がちがちで土俵に転がされた時点で、決まったともいえる。勝ち越した途端にポロポロと星を落とす大関陣には、新鋭後退をフォローする余力は残っていない。むしろ、手負いの栃東が、唯一、1差で追う豊真将を降ろしたことが皮肉ですらあった。

優勝確率は100%に近い。残りの3日間の興味をどこに求めよう。北の湖理事長は「15戦全勝でいくかどうか」という。だが、横綱は「いや、まだ早いね」とにべもない。一年の納めの場所、2度目の「満員御礼」など望むべくもないのか。(三木修司)

=11月24日:読売新聞=


千秋楽。琴奨菊は豊真将をはたき込みで下す。

琴奨菊、地元で2ケタ白星、三役昇進確定

どうだ!横綱

大相撲九州場所13日目
屈辱負けから7連勝 琴奨菊
師匠の一喝に奮起

会心の相撲でライバルを退けた琴奨菊は、「いい相撲だった。九州で勝ち越せて良かった」と声を上ずらせた。7日目からの7連勝での給金相撲は、来場所での新三役昇進にも望みをつないだ。
6日目の結び。朝青龍に左四つで胸を合わされた。相四つとはいえ、これでは力が出せない。横綱の上手投げに土俵下まで転がり落ち、ぶざま姿をさらした。

朝青龍は高知・明徳義塾高の先輩。立会いの当たりがない後輩に業を煮やした横綱は、「どうだ、この野郎」と力でぶん投げた。
翌日から相撲がガラリと変わった。まわしを引いても引かなくても、「前に出て勝っている。きょうも思い通り」。自賛した通り、気分爽快だった。「相手は萩原(稀勢の里)だし、うれしいね」。先に三役を許し、前日も「引きづり降ろす」と宣言しただけに喜びも倍加した。

水郷の街、福岡県柳川市出身。優勝の行方は横綱で確定的だが、声援は一年ぶりに10勝を挙げた地元大関の魁皇と、ご当所の22歳に向かう。

豊真将2敗キープ

豊真将が2敗をキープし、朝青龍の優勝に”待った”をかけた。旭天鵬が引いたところを攻め込んで、相手の小手投げをものともせずに押し出し。前日の栃東戦は緊張のため力を出せずに終わり、師匠の錣山(しころ)山親方(元関脇寺尾)に一喝されたそうだが、「残りの2番も思い切って行くだけ」と、ニッコリ。

=11月25日:読売新聞=

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だだひとり1敗で朝青龍を追う豊真将は寺尾の助骨を折って強くなった。


豊真将関

九州場所を面白くしそうな若武者が出てきた。東前頭11枚目の豊真将(ほうましょう)(25)だ。1敗同士の対戦となった10日目、把瑠都を速効で寄り切った。栃東、千代大海、魁皇が次々と負け。全勝の朝青龍を追う1敗は豊真将ただひとりである。
「最高です。いつも以上に気合いが入りました。目の前の相撲に集中して、行けるところまで行きたい」(豊真将)

埼玉栄から日大と、アマ相撲のエリート街道を進みながら、大学1年のとき、皮膚病にかかり、その後、中退。警備員などのアルバイトで生活をしていた。その後、再び相撲に取り組もうと考え直し、アルバイト先の社長の紹介で錣山部屋に入門。22歳11ヶ月で新弟子検査に受かった。年齢制限のギリギリだった。
「部屋ができてすぐ入門したので、錣山親方が直接胸を貸して鍛えた。豊真将(当時は山本)のぶちかましを胸で何度も受け、肋骨を何本も折ったほどで、まさに手塩にかけて育てた愛弟子です」(担当記者)

前相撲から一度も負け越すことなく入幕。これは年6場所制になってからは日本人としては初めて。下から鍛え上げてきただけに相撲もひたむきというか、愚直。大学相撲の経験はあるが、そうした力士にありがちな要領のよさがないのも、好感を持たれている。

山口県豊浦郡豊浦町出身で「豊真将」のしこ名は郷土の豊と心に通じる真、そして大将になれということから付けられたという。
「高校時代(明徳義塾)に1度、豊真将と対戦したことがある。大学でいったん相撲を離れたことを知ったときは、もったいないと思ったよ。絶対強くなると思ったからね」(朝青龍)
横綱の読み通りになってきた。

=11月23日:日刊ゲンダイ=

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