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前川清ショック…「クールファイブ」元リーダー内山田洋さん死去
2006年11月6日(月)05:20
「長崎は今日も雨だった」「中の島ブルース」「東京砂漠」などのヒット曲で知られるボーカルグループ、内山田洋とクールファイブの元リーダー、内山田洋(うちやまだ・ひろし=本名・内山田道生)さんが、3日に肺がんのため死去していたことが5日、分かった。70歳だった。内山田さんは4月末に体調不良を訴え、横浜市内の病院に検査入院。治療に専念していたが、帰らぬ人となった。
3日午前9時27分、昭和歌謡界で一時代を築いたコーラスグループのリーダーが、自宅に近い横浜市内の病院で静かに息を引き取った。
内山田さんは体調不良を訴え、4月末に同市内の昭和大藤が丘病院に検査入院。肺がんと診断され、音楽活動を自粛して治療に努めていたが、復帰への願いはかなわなかった。
内山田さんは福岡県柳川市出身。昭和32年に同県の米軍キャンプで音楽活動を開始し、42年に長崎のクラブ「銀馬車」で森本繁、岩城茂美、小林正樹、宮本悦朗と「内山田洋とクールファイブ」を結成した。43年にはメーンボーカルに前川清を迎え、44年にデビュー曲「長崎は今日も雨だった」が大ヒット。同年、日本レコード大賞新人賞を受賞した。
以降も「噂の女」「そして、神戸」「東京砂漠」などヒット曲を連発=別表。前川ら個性豊かなメンバーがバラエティー番組などで人気を集めて一世を風靡し、日本有線大賞、日本演歌大賞などを次々と受賞。NHK紅白歌合戦にも通算11回出場するなど人気絶頂を誇った。
だが、61年に前川が独立。それに伴い、メンバーを入れ替えて再結成した。平成8年に結成30年を迎えた際には「歌にはそれぞれの思い出がこめられている。そんな話を聞くと、歌い続けてきてよかったと思う。命の限り歌い続けます」と語っていた。
近年もディナーショーなどを精力的に行い、昨年8月には日米の子供の交流を目的にしたチャリティーミュージカルにゲスト出演して熱唱するなど、歌への熱い思いを持ち続けていた。内山田さんと仕事をした民放テレビマンは「穏やかだけどいつもリーダーシップを発揮してましたね」と悼んだ。
関係者によると、通夜、告別式は5日までに妻や長男ら近親者で営まれた。今後偲ぶ会を行う予定という。
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