提橋和男の新管理人のつぶやき
(2006/11/10)

提橋和男の新☆管理人のつぶやき 943-2

ペリリュー島・1944年9月〜11月


ペリリュー島

ペリリュー島はパラオ諸島にある、珊瑚礁に囲まれた島である。
サイパンをも落とした日本にとって、パラオは残された最後の外洋基地であり、フィリピンの防波堤としてきわめて重要な島であった。
 
 1944年9月15日、日本軍守備部隊およそ1万2千名、米軍上陸部隊4万5千人による攻防戦が開始された。しかし、米軍第一陣が上陸した西側海岸・オレンジビーチでは日本軍の猛反撃に遭い、50%以上の死傷者を出して撤退を余儀なくされた。ここがオレンジ・ビーチと呼ばれるのは、米軍兵士たちの流血で海がオレンジ色に染まったからだと言われている。
その後2度も上陸に失敗した米軍は、過去の玉砕戦を教訓に山での持久戦を行う日本軍に対して苦戦を強いられる。しかし、補給どころか食料も尽きた日本軍にとっても過酷な戦いであり、次第にと兵力を消耗していった。
 11月24日、僅かに残った日本兵52人は、午後4時パラオ本島司令部へ向け訣別の電報を打つ。「サクラ・サクラ」 機密書類を焼却したことを表すこの電文は、同時にペリリュー守備隊全員が桜花のごとく散ったことを意味してる。

 戦争末期の玉砕戦の中でも、ペリリュー島の激戦はアメリカ軍に痛手を負わせた数少ない戦いとして、硫黄島と並び賞されている。

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