提橋和男の新管理人のつぶやき
(2006/8/30)

提橋和男の新☆管理人のつぶやき 914

ペヤング「超大盛やきそば」物語

本日の昼食は「ペヤング『超大盛やきそば」物語』」。コンビニで買ってきた。
「食品添加物の話を散々しておいて、そんなもん食べていていいのかよ」といわれそうですが、「電解還元水を飲んでいますから」と答えるしかないですね。それ以上は薬事法がありますので、お話することができません。あっ、厄事法でしたね。

子供たちが虐待されている。生まれてから僅かな年数を、ただ虐待だけを受けて死んでいった子供たち。なんのためにこの世に生命を受けたのか。笑うことも知らず、温かい愛も知らずに死んでいった幼児たちのことを思うと涙が湧いてきます。

私の次女は生後半年過ぎに、謎の痙攣に襲われ、危うく命をとりとめました。しかし脳は萎縮し、命はとりとめたものの、いつ痙攣が起きてもおかしくない状況がつづくことが予想され、痙攣止めが放せない状況が続きました。もちろん、薬も投与され、後遺症や副作用の恐れもありました。そして、もし、幼稚園や学校で痙攣を起こしたら、周りの人が気がついて家から痙攣止めを持っていっても時間的に命を失う可能性が限り無く100%という状況にありました。
いつ死ぬかわからない状況だからこそ、悲観の中においておくのではなく、私は周りのお友だちと同じように笑い、歌い、楽しみの多い生活の環境を作ってあげようと思い、努力しました。還元水に出会い、わが家に「水の舞」を取り付けました。還元水の効果があったかどうかわかりませんが(あったと思いますがそれを言うと厄事法違反になります)、小学校6年生になると、一生飲み続けなければならないといわれた薬が止まり、定期検診もしなくてよくなりました。
ダウン症の子供の話を聞いたことがあります。昨日まで元気に笑っていた子が今日は死んでいる。短い人生でも、家族の愛や温かみに包まれた人生なら、まだ少しは救いがあります。生まれてからわずかの命の間、ただ虐待だけを受けていた子供たちの人生こそ、無念でならず涙を禁じえません。

もう、ずいぶん前です。秋田の児童連続殺人事件で、TVで、みの・もんたが話をしていた畠山彩香ちゃん(当時9歳)のリポートを聞いたときも涙が湧いてきました。

彩香ちゃんも母親の鈴香から虐待を受けていたようです。
みの・もんたのリポートの話は、近所の駄菓子屋のおばさんの話です。彩香ちゃんは小銭をもっていつも、このお店にきて、じーっとお菓子などを見ている。そして、値段を知っているのに、何度も「おばちゃん、これ幾ら」と聞くのだそうです。「○○円だよ」と答えると、またじーっと見つめて「これ幾ら」と聞き返すそうです。何度も何度もそれをくり返すのだそうです。自分の持っているお金と相談していたのでしょう。すごく不憫です。やっとお菓子を買うと、おまけのタダの飴がお店に置いてあるのだそうですが、「お母さんにあげるの」と言ってもらって帰っていくそうです。
逆に鈴香がお店に買い物にきても「彩香に…」と飴を貰っていくことはなかったといいます。
彩香ちゃんの最後の買い物は、150円のインスタント焼きぞばだったそうです。それが最後の食事だったのだろうとお店の人の話。インスタントやきそばをお湯で作るのではなく、おそらくそのまま食べていたのだろうといいます。

みの・もんたは言います。「彩香ちゃんはおかあさんに、おみやげの飴をもらっていく心のやさしい子」と…。
私は彩香ちゃんの防衛本能しか感じません。母親の虐待をいくらかでも和らげるため、母親の心証を少しでも良くしたいという思いからの行為だったのだろうと…。あまりにも悲しすぎます。

彩香ちゃんは「給食」が楽しみだったと言います。給食だけがまともな食事だったのでしょう。着ている服や傷などから、学校でも「虐待されている」という心証があったようで、一度、教育委員会が調査したこともあったそうですが、鈴香に丸め込まれてそれでお仕舞いだったようです。

鈴香が男と家にいるときは、彩香ちゃんは家に入れてもらえなかった。そんな彩香ちゃんの救いが米山豪憲君の家であったのだと思う。
実は、私にも体験がある。子供のころの話である。近所の女の子がよくわが家へ来ていた。その子の母親は連れ子2人の継母だった。わが母の話だと苛めがひどかったという。私は子供だったのでそのへんの事情は知らなかったが、彼女は、貧乏家のわが家が逃げ場だったのだそうだ。(彼女の家は資産家だった)
同じような話なので、そんなことを思い出した。

彩香ちゃんにも「人生の夢や希望、目標」があっただろうと思います。それがたった9歳で命を断たれてしまった。
私は、この文章を書きながら、幼くして夢を果たせずに逝った命に対して、少なくとも今日まで生きてきた我々は、彼らの分まで夢や目標を達成するために努力しなければいけないのではないか?と思いました。いろいろなハードルがあって挫折もあるかもしれないけれど、ハードルを乗り越える「挑戦」する気持ちを失ってはいけない。そうでなければ、彼らより長くいただいた命の意味がない。あまりにも彼らが不憫過ぎる、とそんなことを考えました。

今、夏休みである。親子連れを見かけるが、彩香ちゃんと同じ年頃の女の子が目を輝かせている姿を見ると、あんなにあどけない子供、しかも実の子供に、残虐なことができる親の心理が理解できない。同時に彩香ちゃんの不憫を思う今日この頃である。

かの畠山彩香(当時9歳)ちゃんの最後の食事がインスタントのやきぞば(150円)だったらしい。

ところで「ペヤング「超大盛やきそば」物語」である。ページ上部写真のやきそばは198円。おそらく彩香ちゃんが買ったのは150円というから、この半分の小さな「やきそば」であろうと思います。たった48円違いで大きさが倍とはサギではないか、と思わぬこともないが、それは余談。この焼きそばを「ポリポリ」と食べていた彩香ちゃんを思うと、神も仏もいないのか、とまた涙が湧いてきた。今日の焼きそばはなぜかショッパイ味がした。