提橋和男の新管理人のつぶやき
(2006/8/25)

提橋和男の新☆管理人のつぶやき 911

挑戦、男たちの詩(68)

ボクシング:WBAスーパーフライ級タイトルマッチ 名城信男、日本最速タイで頂点
 ◇十回、王者をTKO−−8戦目、最速タイ

 世界ボクシング協会(WBA)スーパーフライ級タイトルマッチ12回戦が22日、大阪・東大阪アリーナで行われ、同級1位、名城信男(24)=六島=が同級王者、マーティン・カスティーリョ(29)=メキシコ=に十回1分2秒TKO勝ちし、新王者になった。名城はデビュー8戦目での世界王座奪取で、91年9月に世界ボクシング評議会(WBC)バンタム級王座を奪取した辰吉丈一郎(大阪帝拳)と並び、日本選手として最短世界王座奪取タイ記録。カスティーリョは5度目の防衛に失敗した。国内の現役世界王者はWBAミニマム級の新井田豊(横浜光)、WBC同級のイーグル京和(角海老宝石)、WBCスーパーフライ級の徳山昌守(金沢)、WBCバンタム級の長谷川穂積(千里馬神戸)、WBCフェザー級の越本隆志(FUKUOKA)と合わせ6人となり、96年6月以来最多タイとなった。

▽12回戦
名城信男 TKO マーティン・カスティーリョ
(六島) 十回 (メキシコ)
52.1キロ 1分2秒 52.1キロ


7回カスティーリヨを攻める名城

 名城がカスティーリョの左目上の出血により、TKO勝ち。序盤は左ボディーフックをフェイントにして右フックを当てるなど、前へ出て一進一退。五、六回は大振りを修正し、右ストレートを効果的に決めた。八回以降は動きが鈍ったが、王者が二回に負った傷が悪化し、十回に主審が試合を止めた。王者は一回に左フックで名城をぐらつかせ、八回以降は多彩なパンチでペースを握った。九回までの採点は三者三様のドローだった。

 ◇抜いてほしかった−−WBCバンタム級元王者・辰吉丈一郎

 名城は終始前へ出るガッツがよかった。(自分の記録に並ばれ)タイ記録は中途半端。7戦目で挑戦して抜いてほしかった。

 ◇聖二も応援してた−−WBCスーパーフライ級王者・徳山昌守

 名城は持ち味の根性と手数で上回った。以前よくスパーリングしたが、だいぶ成長した。今日は(自分の後輩で名城との試合で亡くなった田中)聖二が応援してくれたと思う。

 ◇今後の成長、楽しみ−−元世界ランカーで俳優の赤井英和さん

 まず一回を取れと名城にアドバイスしたら、その通り攻めた。近大の後輩ながら、尊敬します。まだ8戦なので、今後の成長が楽しみです。

 ◇出血多く…無念

 ○…十回に突如レフェリーストップがかかり、思わぬ敗戦を喫した王者・カスティーリョは「出血が多かったので止められたと思う。不平はない」と語った。二回に左目の上に裂傷。回を重ねるたびに傷は開き、九回を終えた時にレフェリーから「これ以上、傷が開いたら試合を止める」と説明があったという。カスティーリョは「名城は勇敢だった。彼にふさわしい勝利だ」と相手をたたえながらも、「自分にはタイトルを奪い返す十分な経験がある」と再戦に意欲を見せた。

■焦点

 ◇「倒す」積極策ズバリ

 両拳を突き上げると、こみ上げる思いが言葉にならず、ただ叫ぶことしかできなかった。十回1分2秒、幼いころにあこがれた“浪速のジョー”辰吉に肩を並べた瞬間、枝川会長に肩車された名城は号泣した。

 スピード、テクニックで上回る王者を倒すため、「夢に出てくる」というほど繰り返しビデオで研究した。そして、たどり着いた結論は「一回から倒しにいくこと」。その作戦通り、開始直後から果敢に打って出た。

 一回、カスティーリョの強烈な左フックによろけたが、二回には右ストレートを浴びせ、カスティーリョの左まぶたを裂いた。その後も、左ボディーから右ストレートのコンビネーションで、王者を血だるまにした。中盤以降、疲れから足が止まりパンチをかわされるシーンも目立ったが、そこまでの攻勢が王者の傷口を広げ、試合続行不可能に追い込んだ。

 デビュー8戦目での頂点。だが、名城は自らの道のりを「短いと思われるだろうけど、中身は濃いし、きつかった」と振り返る。昨年4月、日本タイトルを懸けて戦った田中聖二(金沢)が試合後に死亡。その後は、リング禍を経験したからこその恐怖感に苦しんだ。

 だが、その恐怖感を振り払って攻めたからこそつかめた王座。試合後「強くなることが自分のやらなくてはいけないことだとわかった」と、つらい宿命を背負った拳を見つめた名城。「(田中の墓前で)力を出し切ったと報告したい」。そう言った表情は、達成感と解放感に満ちていた。

【平本泰章】


先輩の死を克服「勝ってもうた」(読売新聞7/23)

「勝ってもうた。もうびっくり。ほんま、うれしいです」TKO勝ちを告げられると、一瞬、信じられない表情になった。15年前、辰吉丈一郎選手が達成した、デビューから8戦目の世界タイトル奪取の国内最速記録に並び、「苦しいときに支えてくれた皆さんのおかげです」。
忘れられない試合がある。昨年4月3日、大阪で行われた日本タイトル戦。王者の田中聖二選手を圧倒、10回にラッシュをかけ、れふりーが試合を止めた。うれしい日本チャンピオンの座。だが直後に暗転する。田中選手は意識を失い、2週間後、帰らぬ人になった。
「練習を一緒にした、優しい先輩。僕のパンチで、二度と会えなくなった。落ち込んで何度も引退を考えた。そんな時、励ましてくれたのが、ジムの枝川会長ら。「世界王者になるのが一番の供養」との励ましに奮い立ち、リングに戻った。世界戦が決まった4月,田中さんの墓前に「100%、すべてを出し切ります」と誓った。
奈良工高から近大に進んだが、3試合に1度負けるなどアマチュア時代の成績はふるわなかった。大学も
中退し、無名で期待もされていなかったから、開設してまもない新進のジムに飛び込んだ。ひたむきな練習が実を結び、たどり着いた世界の頂点。無口で温厚な青年が、記録に残るチャンピオンになった。

(大阪運動部 真田南夫)


2006年8月9日(水)
亡き対戦相手に勝利報告 世界王者の名城選手

 7月に世界ボクシング協会(WBA)スーパーフライ級王者になった名城信男選手(24)が9日、鳥取市を訪れ、昨年4月に名城選手との試合後に亡くなった田中聖二さん=当時(28)=の墓前で勝利を報告した。

 午後1時半ごろ、名城選手は所属する六島ジムの枝川孝会長らとともに「第二いなば墓苑」に到着。田中さんの墓にゆっくりと歩み寄ってチャンピオンベルトを置き、花束と線香を供えた後、数分間じっと手を合わせた。

 名城選手は「世界戦で力を全部出したことを話した。きれいなチャンピオンベルトを墓前に飾ることができてよかった」と、ほっとした様子。あらためて「常にベストを尽くす」と約束したという。


※写真=対戦後に亡くなった田中聖二さんの墓にチャンピオンベルトを持参し、勝利報告をするWBAスーパーフライ級王者の名城信男選手=9日午後、鳥取市

(共同通信社)


 ◇名城の戦績◇

対戦年月日 相手 所属 内容
  03年7・11       ○一ノ宮茂樹     (北陸イシマル)       一回KO  
9・28       ○木ノ下国広     (畑中)     二回KO  
12・21       ○関口武志     (鍵本エディ)     一回TKO  
04年3・13       ○竹田津孝     (森岡)     判定
8・7       ○本田秀伸     (グリーンツダ)     判定
05年4・3       ○田中聖二     (金沢)     十回TKO  
11・22       ○プロスパー松浦       (国際)     判定
06年7・22       ○カスティーリョ     (メキシコ)     十回TKO  


 ◇国内最短王座獲得記録◇

キャリア 名前 所属 階級 獲得年月日
8戦目   辰吉丈一郎   (大阪帝拳)   WBC・バンタム     91年 9.19  
    名城信男   (六島)   WBA・Sフライ     06年 7.22  
9戦目   具志堅用高   (協栄)   WBA・Lフライ     76年10.10  
    井岡弘樹   (グリーンツダ)     WBC・ミニマム     87年10.18  
  12戦目     イーグル京和   (角海老宝石)     WBC・ミニマム     04年 1.10  
  13戦目     勇利アルバチャコフ     (協栄)   WBC・フライ   92年 6.23  
※所属は当時。階級呼称は現在のもの  


■人物略歴

◇名城信男(なしろ・のぶお)

81年10月12日、奈良市生まれ。父の影響で奈良工高で本格的にボクシングを始め、近大3年時にプロ転向。アマ戦績は57戦38勝19敗。03年7月にプロデビュー。6戦目で、日本スーパーフライ級タイトル獲得。昨年11月、プロスパー松浦(国際)を降して初防衛後、王座を返上した。
165センチの右ファイター。戦績は8戦8勝(5KO)。

毎日新聞 2006年7月23日 東京朝刊