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提橋和男の新☆管理人のつぶやき 888-3
士道不覚悟(3)

沖田総司(島田順司) |
沖田は屯所へ駈けもどった。
馬に乗った。駈けた。寒い。口鼻からはいりこんでくる冷気が、鞍の上で、沖田を咳きこませた。沖田の咳をのせて、馬は三条通りを東へ駈けた。
粟田口(あわたぐち)あたりで、手甲(てっこう)を口へあてた。布が、濡れた。わずかに、血がにじんでいる。
(自分も,永くはないのではないか)
そうおもうと、右手にすぎてゆく華頂山の翠(みどり)がふしぎなほど鮮やかさで眼にうつった。
大津の宿場はずれまできたとき、一軒の茶店のなかから、「沖田君」と呼ぶ声がした。
山南である。葛湯を入れた大きな湯飲みをだいじそうに両手にかかえている。
沖田は馬からとびおりた。
「山南先生。屯所までお供いたします」
「意外だったな。追手が君だったとは」
山南は、例の人懐っこい眼で、沖田を見た。
「君なら、仕方がない。土方君のもとにある監察どもなら、生きては京に帰さないところだったが」
「かまいません。山南先生が、どうしても江戸に帰りたいとおっしゃるのなら、刀をお抜き下さい。私はここで斬られます」
「どうして、斬られるのは私のほうだよ。君の腕にはかなわないだろう」
日はまだ高い。いまから京に帰れないこともなかったが、沖田は、山南に急がすのにしのびなかった。明朝、京にもどることにして、その夜は大津に宿をとった。
二人は、床を並べて、寝た。
「寒い夜だ」
と、山南は、いった。
沖田は、だまっている。なぜこの運の悪い仙台人は自分に追いつかれてしまったのかと腹立たしかった。
第一、山南という男の見事さは、隊を退くにあたって行方をくらまそうとはせず、置き手紙にも堂々と、−江戸へ帰る、と明記してある。宿場はずれの茶店から、追跡者である自分の名を、かれのほうから呼んだ。山南らしい。すずやかなふるまいである。
その夜、山南は、隊に対する不満も、江戸へ帰ってなにをするつもりだったか、ということも、なにも話さなかった。

昭和45年TVドラマ「燃えよ剣」の土方歳三・栗塚旭。
新選組ブームの火付け役となる。 −1− |

昭和45年TVドラマ「燃えよ剣」の土方歳三・栗塚旭。
新選組ブームの火付け役となる。 −2− |
郷の話をした。それも愚にもつかぬはなしばかりで、仙台は真夏、さしわたし一寸ほどのひょうが降るとか、御徒士(おかち)の内職は山芋堀が一番金になるとか、そういうはなしばかりだった。
「山南先生も、山芋を掘られたのですか」
「ああ、子供のときはね。あれは、おもに子供のしごとだったな。おもしろくもある。まだ山の芋が幼い季節に山に入ってそのはえている場所をみつけると、そこへ麦をまいておくのさ。麦がのびるころには、山の芋も土の仲で大きくなっている。麦を目じるしに、さがすというわけだよ」
「−江戸では」
なにをするつもりだったか、と沖田が問いかけると、山南はおだやかに、
「江戸の話はよそう。私の一生の中には、もうなくなってしまった土地だ」と、いった。おそらく、江戸に帰ったところで、どれほどのもくろみもなかったに違いない。
その翌々日の慶応元年2月23日、山南敬助は、壬生屯営の坊城通りに面した前川屋敷の一室で、静かに作法どおりの切腹をとげた。介錯は、沖田総司である。
山南には女がいた。島原の明里(あけさと)という遊女で、事情を知っていた隊の永倉新八が、山南の変を報(し)らせてやった。女は、切腹の前日、坊城通りに面した長屋門のそばに立った。
−山南さん。
と、女は泣きながら、出窓に手をかけた。その出窓の部屋に山南が監禁されている。
山南は、格子をつかんでいる女の指を、室内(なか)からにぎった。
しばらくそうしていたのを、門のかげから、偶然、沖田はみた。女の顔は、みえなかった。ただ黒塗の日和下駄と白い足袋が、沖田の眼に残った。
沖田は、すぐに門内にかくれた。
(足のうらが、小さかったな)
山南の首をおとしたあとも、そんなことだけが、妙に思いだされた。
=司遼太郎「燃えよ剣」より=
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新選組の小説の中で、歴史に基づくエピソードはたくさん取り上げられていますが、ここに書いたエピソードは、私の好きなエピソードのひとつです。
結党以来の同志の脱走。この事実に織りなす近藤、土方、沖田の心模様。
NETTV(現在のテレビ朝日)で放送されたドラマでは、困惑する近藤に土方が言う。
「局中法度がある」。
山南を何とか助けたいと思う近藤は、もし、自分が脱走した場合も同じか?と問うと「その時は、おれが近藤さんを斬る。そして、おれも死ぬ」と土方は答えた。
追う、沖田の心理も複雑てある。「山南さん、逃げ切ってくれ」と心の中で祈りながら、大津街道を駈けていく。冷気に咳き込み、口にあてた布を血で濡らしながら…。
「山南敬助は男(武士)であった。本名で宿をとっていた」とTVドラマでは解説が入った。(せめて偽名をつかっていてくれたら…と沖田)
あとの経緯は小説と同じである。沖田は斬られて山南を逃がそうと思った。
今回、改めて、この話題をとりあげて、土方が総司に追手を命じたのは、総司なら「うまく山南を逃がす」という含みがあったのだろうか…と考えた。
しかし、その場合、任務怠慢で総司が処分されることになったかもしれない。
新選組には、副長直轄の監察部がある。市中の不逞浪士の探索が任務である。監察・山崎烝は、大阪・針医の息子である。池田屋の変では行商の薬屋に化けて池田屋に泊まり込み決定的な情報を掴んだという功績が伝えられている。土方の信任が篤かった隊士のひとりである。監察のもうひとつの秘密の任務は隊士の動向を探索することであった。
隊士の落ち度や市民に対する不逞、取締り中の卑怯な振る舞い、隊士として潜入した間者(長州のスパイ)など情報を探り出し、副長に報告した。そして、これらの隊士は局中法度によって切腹処分、逃亡者は追手によって斬られた。
「局中法度」の適用には隊の幹部の近藤、土方といえども処分に例外はない、ということが隊士に浸透し、心を引き締めた。
新選組には、武士にあこがれた腕自慢の町人の入隊者も多かった。監察・山崎烝もそのひとりである。彼らは武士としての生き方、武士道に対して、武士よりも強いこだわりがあったと思われる。かれらが「局中法度」を受入れ、強靱な戦力となったことは歴史が証明している。
今、日本の指導者たちに、こうした精神が失われている。この文が「新・管理人のつぶやき」としてアップされるころには、福井日銀総裁が辞任していると思っていたが、そんな空気はどこかへ消えてしまった。「臭いものには蓋」ということで、国会を閉じてしまった小泉首相にも、近藤勇や土方歳三、沖田総司の心を知ってもらいたいもの…と管理人は思っている。
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