提橋和男の新管理人のつぶやき
(2006/6/30)

提橋和男の新☆管理人のつぶやき 887

ムエタイ伝説(15)

元気、男気見せた! ワンロップ追い詰めるも無念のドロー=全日本キック
2006年6月12日(月) 0時12分 スポーツナビ


ドローに終わった山本元気(左)

 全日本キックボクシングの後楽園大会「Triumph(トライアンフ)」が11日、東京・後楽園ホールで開催された。今大会の目玉となったのは3月の5vs5マッチに続く、タイとの3vs3対抗戦。2勝2敗1分と五分の星に終わった3月大会から勝ち越しを目指し、全日本選りすぐりのファイターである山本元気、小林聡、山本真弘が出撃した。

 ダブルメーンイベントとして行われた第8試合、この日のトリに登場した元気は対日本人7連勝中の“切り裂き魔”ワンロップ・ウィラサクレックと対戦。戦前、元気が「並大抵なことじゃひるまない」と宣言した通り、試合は元気の拳とワンロップのひじが飛び交う文字通りの死闘となる。代名詞のひじ打ちだけでなく、左ストレート、左ミドルと矢継ぎ早に攻撃を繰り出していくワンロップだが、元気は一向にひるまない。顔面を腫れ上がらせながらもひたすら前進を続け、顔面とボディーに強打を見舞っていく。大きな局面を迎えたのは第3ラウンド。パンチでボディーに意識を集めた元気は右ストレートでワンロップのあごを打ち抜く。一瞬腰の落ちたワンロップに元気はさらに連打を集めるが、ワンロップも左ひじを飛ばし元気の顔面を切り裂く。記者席まで血の飛ぶ大流血にあわやストップかと思われたが、なんとか試合は続行。だが、ワンロップはこの後から距離を取って元気を遠ざける作戦に切り換えたため、元気はパンチでとらえ切ることができず。“日本人キラー”ワンロップと互角以上に渡り合ったが、惜しくもドローで逃げ切りを許した。


11日の全日本キックボクシングの後楽園大会「Triumph」で、“切り裂き魔”ワンロップ・ウィラサクレックと対戦しドローに終わった山本元気が14日、試合後初めて報道陣の前に姿を現し試合を振り返った。


ワンロップと死闘を繰り繰り広げた山元元気

 右ほほを腫らし、ワンロップに切り裂かれた右目上の傷口をふさぐための縫い目も痛々しい風貌で登場した元気は、「鏡を見て泣いた」と当初顔面骨折の疑いもあったほどの負傷に不安を覚えていたようだ。試合から3日経ち、腫れは幾分ひいたものの、“イケメン”元気のプライドが許さず撮影は一切禁止。異例のペンだけによる会見となった。

 ドローに終わった試合については、「今回、風邪をひいてしまい調整が遅れてしまった」と体調管理に不備があったことを吐露。調子が悪い時ほどいい試合をするというジンクスを持つ元気だったが、今回はそうはいかなかったようだ。試合のビデオを見ても「フォームの手足がバラバラ。体重の乗ったパンチを出していない」と反省しきりだった。

 戦慄のひじ攻撃で大流血となった今大会。「たてひじの攻撃は見えなかった」と舌を巻いた元気だが、一人のジャッジが元気を支持した判定1−0のとおり、周囲からは高い評価を得る試合内容だった。「相手の腰が落ちたことは覚えている」とダウンを奪いかけた攻撃もあり、判定勝ちの青写真も一瞬描いた。しかし結果はドロー。「思っていたことの10パーセントもできなかった」と悔しさをにじませた。

 気になる元気の復帰戦は、9月に予定されているタイへの遠征試合になりそうだ。「抜糸したらすぐに練習」とムエタイの聖地・タイでの復帰戦に意欲を見せた。9月、異国の地で元気がサムライ魂で勝利をもぎとる!

 また全日本フェザー級王者・山本真弘と全日本ヘビー級6位の山宮恵一郎の7.23後楽園大会出場が決定した。真弘は11日に判定負けを喫したが、ダメージが少なかったことと本人の強い希望を汲み取って2大会連続出場が決まった。

<一問一答>
山本元気はまだ抜糸も済んでおらず右目尻には生々しい傷跡が残り、「骨折はしていなかった」というものの、右頬は大きく腫れ上がっており、ワンロップとの試合がいかに激しいものだったのかを物語っていた。(元気の要望で写真撮影等はNG)

――どのくらい縫ったんですか?

「4針か5針かな。数えないことにしました。でもコムパヤックにやられた傷の方がひどかったですよ」

――試合はご覧になられましたか?

「調子悪かったですね。練習前に風邪引いたりして、調整がいつもより一週間くらい遅れたんです。体の切れも悪かったし、全然力も入らなかった。4,5Rももっと行けばよかったのに…」

――では短期決着を考えていたんですか?

「俺って試合前に調子悪いと、試合で調子良いんですよ。でも今回は試合でも調子が悪かった」

――それは試合が始まってから気付いたんですか?

「もう(体が)固かった。ビデオ見ると分かるんですけど、フォームも悪いし、手と足もバラバラ。パンチにも体重が乗ってない」

――その中でワンロップの攻略法は出来たんですか?

「1Rが終わった時点でほっぺたが痛くて。左ハイキックをガードしてんのに、なんでほっぺたが痛くなるんだろうって(苦笑)」

――ヒジは何発くらいもらいました?

「分からないですね…ただ立てヒジは見えなかった。横からのヒジは見えていたし、もらわないようにしていたんですけど」

――いつ切られたのかは覚えてますか?

「覚えてないです。目尻が熱くなったんで、『血が出たんだな』って」

――逆にワンロップの腰が落ちた場面は覚えてますか?

「はい。ただワンロップはマットに手を着いてなかったし、ダウンにはならないだろうなって思いました」

――あそこが一番のチャンスだったと思います。

「そうでしょうね。4,5Rは向こうが下がり始めたから、どうやって崩していこうかなって思っていたんですけど、それ以前に俺が疲れちゃって。日本式の採点だったら俺の勝ちかなって甘い考えも浮かんじゃって」

――ワンロップが守りに入ったのは自分にとってアドバンテージだったと感じました?

「そうですね。1〜3Rでやられているわけじゃないし、ミドルの打ち合いでも負けてなかった。3Rにパンチで腰を落として、3Rは俺が取ったなって思っていたんですけど、結局ヒジで切られちゃって。試合が終わっても勝った気はしなかったから、ドローでいいんじゃないかと思います」

――試合前にやろうとしていたことの何%はできましたか?

「10%くらい(苦笑)」

――想像していたワンロップと実際のワンロップにギャップはありました?

「他の選手のことを強い弱い言うのは嫌なんですけど、少なくとも俺よりは強いと思いました」

――計量では「勝率は20%」と言っていましたが、その勝率は上がったんじゃないですか?

「もう一回決まればやりますけど、タイ人はワンロップだけじゃないし。ゲーオ・フェアテックスとはもう一回やりたい」

――顔の腫れはどのくらいで引くと診断されました?

「折れてないって言われて、うれしくなって何も聞かずに病院から帰ってきちゃいました。折れてないから打撲でしょ(笑)? ちゃんと聞いときゃよかったな」

――腫れた顔を見て悔しさが蘇りました?

「今よりももっと腫れていたんで、普通に泣いてましたよ。『これが俺の顔か? このまま治らないのかな』って。でも抜糸して腫れが引いたらすぐ練習再開します」

――それは9月のタイ遠征を見越してですか?

「はい」

――ワンロップ戦で学んだものの何を試したいですか?

「まだ試合が終わったばかりなんで、キックのことは考えたくないかな。試合終わって一週間くらいはポケっとしたいです。まあタイで試合をするとなったら、判定でやられないようにミドルで蹴り負けないか、徹底的にローを蹴ってパンチで潰すのか、どっちかでしょうね。まあタイまで俺の試合を見に来てください。そして俺に賭けてください。夢を見させますから(笑)」

[ 6月14日 20時1分 更新 ]

日本人経営イングラムジム、ムエタイで歴史的快挙!!
2006年6月7日(水) 23時8分 スポーツナビ


日本人経営ジム所属選手として
初のチャンピオンとなったサガッペット(左)

 ムエタイの最高峰とうたわれるルンピニースタジアム。その激戦区とも言われるライト級で5年以上に渡って王座を守り抜いてきたナムサックノーイ(現在はスーパーライト級にランク入り)の王座返上をうけて、6月6日(現地時間)タイ・バンコクのルンピニースタジアムでライト級王座決定戦が行われた。

 決定戦に出場したのは前・同スタジアムスーパーフェザー級チャンピオンのサガッペット・イングラムジム(ルンピニー・ライト級3位)と、前・タイ国プロムエタイ協会スーパーライト級王者のサムラーンチャイ・96ピーナン(ルンピニー・ライト級2位)。
 試合は序盤から左右のミドルキックを確実にヒットさせ、終盤でも攻め手を休めずペースを握ったサガッペットが判定3−0で完勝。スーパーフェザー級に続き、ルンピニースタジアム2階級制覇に成功した。サガッペットは今後、海外での試合も視野に入れており、K−1MAX、WBCムエタイなどへの参戦も期待されている。

 サガッペットは名門ソー.サクンパンジム所属時代の2005年3月にルンピニー・スーパーフェザー級王座を獲得したが、その後返上。そして、ランキングもタイトルも保持しないまま同年8月にイングラムジムに移籍となった。現在所属しているイングラムジムは、日本人である鈴木秀樹氏がバンコクで経営するジムであり、今回の王座獲得で、外国人がタイ国内で経営するムエタイジムから王者が誕生したのはムエタイ500年の歴史上、初の快挙である。



■ルンピニースタジアム・ライト級王座決定戦
2006年6月6日(火)現地時間 タイ・ルンピニースタジアム(スッグ・プライアナン)

<ルンピニースタジアム・ライト級王座決定戦(135P)>

○サガッペット・イングラムジム
   (同級3位)
判定3−0
(49−47、49−47、48−47)
●サムラーンチャイ・96ピーナン
    (同級2位)
※サガッペットが王座を獲得。
[ 6月7日 23時8分 更新 ]

空手vsムエタイはドロー=ザ・ワールドKARATE
2006年6月16日(金) 23時48分 スポーツナビ


後ろ回し蹴りなどで果敢に攻めた
"マストウ”だが,攻め立てることはできなかった。

 W.P.K.A85キロ級チャンピオンのアリエル・マストヴ(W.P.K.A講武館)と元ムエタイ・ルンピニースーパーフェザー級1位のパースックレック・シッサンタット(峯心会)の空手vsムエタイをメーンイベントに据えた「第11回W.P.K.A.ザ・ワールドKARATEスペシャルグローブマッチ&第24回国際交流空手道大会」が16日、代々木第2体育館で開催された。
 講武館の“絶対王者”マストヴは、前蹴りやかかと落とし、後ろ回し蹴りなど、多彩な足技で果敢に攻め立てるが、シッサンタットを捕らえることができずにドロー。判定では3人のうち1人はシッサンタットと支持するという苦い内容となった。
 初のヒジありルールに挑んだマストヴは「ヒジありの練習は1カ月しかできなかった。いい経験ができたので、今後はヒジありにも挑戦したい」と話し、苦い経験を糧とすることを誓った。

 8人で争った中量級69キロ以下王者決定戦トーナメントは、センチャイジムの嶽下純一が優勝した。初戦から飛びヒザなどを駆使した嶽下は、決勝でもスタミナが衰えず1ラウンドからラッシュ。白沢隆仁(バンダリングベイ)に左ハイを4発ヒットさせ、1R2分44秒でKOした。嶽下は「左ハイはずっと練習していた。ジムの会長が相手のクセを考えて指示をくれたおかげです」と喜んだ。



■第11回W.P.K.A.ザ・ワールドKARATEスペシャルグローブマッチ&第24回国際交流空手道大会
6月16日 代々木第2体育館

<メーンイベント スペシャルグローブマッチ 3分3R>

△アリエル・マストヴ
   (W.P.K.A講武館)
(ドロー 判定0−1) △パースックレック・シッサンタット
   (峯心会)